研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

認可保育園と認可外保育園における児童死亡率の差の検証

ほんの数時間で書こうと思ったら、思いっきり半日はかかってしまった。。。長くなったので、PDFバージョンも作って、エセ論文っぽい体裁にもしてみた(PDFのほうが読みやすいです)。とはいえ半日で勢いで書いたので、各種誤りがあるかもしれないので、ご指摘あればどうぞよろしく。

PDFバージョン:認可保育園と認可外保育園における児童死亡率の差の検証
https://sites.google.com/site/dojinsites/dojin20130709_ver3.pdf


著者名を実名化したPDFバージョンを作成しました(2020年9月10日)
https://www.dropbox.com/s/e4y8qkd1ruivfdv/130323hoikuen_shiboritsu.pdf?dl=0

追記情報
2013.3.24
「認可外保育施設の現況取りまとめ」http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000023dzr-att/2r98520000023e3d.pdfに認可外保育所児童数の(ほぼ)全数調査があり、年齢構成も分かることが判明した。近々反映させる予定。ご指摘頂いた大石亜希子先生に感謝します。)
2013.3.24
上記について、本文に反映。
2013.3.25
はてブから、重要だと思った(批判的or追記的)コメントをエントリの最後に掲載。基本的には、「月齢、親の労働環境、病児などの児童側の属性の差や、保育時間などの「保育の質」とはやや異なる保育の性質の違いが、認可と認可外の死亡率の差に影響を与えている可能性は排除できない」というもの。また、本論とは直接は関係ないが、「認可外でも家庭よりは死亡率は低いのでは」という、それ自体は重要な指摘も。

2013.12.9
そういやこんな「続き」もあった。
http://twilog.org/dojin_tw/date-130705/allasc-nort

2013.12.11
「保育施設での死亡事故、国への報告漏れ31件」(読売新聞 12月11日(水)18時22分配信)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131211-00000417-yom-soci
「保育施設で乳幼児死亡、新たに31件 厚労省調べ」(朝日新聞 2013年12月11日19時15分配信)
http://www.asahi.com/articles/TKY201312110367.html
(文末も参照)

要約
厚生労働省の事故報告に記載されている集計データを用いて、認可保育園と認可外保育園の間の児童死亡率の差の検証を行い、両者の間に顕著な差があることを確認した。また、認可保育園と認可外保育園において、後者のほうが死亡リスクの高い0、1歳児の利用児童割合が高いものの、絶対数では前者のほうがかなり大きく、にもかかわらず死亡事故は後者において多く発生している。従って、利用児童の年齢構成の違いが両者の間の児童死亡率の差を説明できる余地は小さいことが分かった。本検証結果が妥当であるならば、両者の死亡率の違いは、認可保育園と認可外保育園のいわゆる「保育の質」の差によるものである可能性は高い。その場合、死亡率の低い認可保育園の増加による認可外保育園利用児童数の減少も、死亡率が高い認可外保育園への公的補助拡充や公的な監視強化による「保育の質」の上昇も、ともに児童の死亡リスクを減少させると考えられる。

1.イントロダクション

宮本徹という方が

「待機児童の理由は何か  駒崎弘樹さんに伝えたいこと」
(2013.3.21)
http://miyamototooru.blog.fc2.com/blog-entry-3.html

というエントリでフローレンスの駒崎氏のブログエントリ

「待機児童問題を考える前に、そもそも保育園の歴史を振り返ってみようか」
(2013.3.20)
http://komazaki.seesaa.net/article/348576326.html#more

を批判的にとりあげ、それに対して駒崎氏がツイッターで批判している。

https://twitter.com/Hiroki_Komazaki/status/314980336192868352
https://twitter.com/Hiroki_Komazaki/status/314982518363398144
https://twitter.com/Hiroki_Komazaki/status/314982983843061760
https://twitter.com/Hiroki_Komazaki/status/314983753812422656

双方の主張の是非はともかく、論点として最も気になり、駒崎氏が明確に応答していないのは、宮本氏の以下の指摘である。

「2012年の保育施設での死亡事故は認可保育園6件、認可外保育施設12件となっています。認可保育園は200万人以上が預けられており、認可外保育施設が20万人弱ですから、死亡事故率は20倍もの差があります。認可保育園での死亡事故も詰め込みがはじまってから増えています。」
 http://miyamototooru.blog.fc2.com/blog-entry-3.html

認可保育園と比べて認可外保育園の児童死亡率がかなり高いことは、厚生労働省の毎年の事故報告より明らかであり、(おそらく)関係者にはよく知られた事実である。一方で、この厚生労働省の事故報告は詳細を欠く集計データであり、このデータを用いて信頼のおける統計的分析を行うことは不可能である*1

案の定、今回の二人のやりとりをきっかけに、既存の文献を調べてみたところ、認可保育園および認可認可外保育園における死亡率の差についての研究は見つからなかった *2。従って、とりあえず厚生労働省の報告の数値を整理して検証してみることにした*3

2.検証に用いたデータ

検証に用いたのは、厚生労働省がここ数年、毎年公表している認可・認可外保育園における死亡事故件数である(表1)。毎年報告内容が少しずつ異なるが、認可・認可外保育園別の死亡事故件数は必ず掲載されている。

3.検証結果

表2は、上記の厚生労働省報告をベースに、各年の児童死亡率を認可・認可外保育園別に計算したものである。元の厚生労働省報告では、死亡事故件数の集計期間が異なっており、また参考として掲載されている認可・認可外保育園児童数の時期が1年ずれているため、それらについてもできるだけ考慮して計算した。

表2によると、宮本氏が述べるように、認可保育園と認可外保育園の間の児童死亡率には著しい差があり、これは宮本氏が指摘した2012年のみでなく、厚生労働省報告の全報告期間に渡って見られる特徴である*4。厳密な統計的検定をしなくとも、このような認可・認可外保育園間の死亡率の違いを「誤差の範囲内」と考えるのは難しい*5

4.追加検証

むろん、これだけでは、なぜ認可保育園と認可外保育園の間にこれほどまでに大きな死亡率の差があるのかは分からない。なぜならば、保育園における乳幼児の死亡に影響を与えうる要因として、保育園の質(児童あたり面積、児童の乳幼児あたりの保育士数、保育士の質・労働環境など)以外に、預けられている児童の年齢、健康状態、保育時間など、様々なものが考えられるからだ。このような保育園の質とは無関係な「児童側の要因」が認可保育園と認可保育園の間で大きく異なる場合には、それらの要因が死亡率の差に繋がっている可能性も否定できない。

これらの「児童側の要因」の中で、もっとも重要な要因として挙げられるのが児童年齢である。上述した厚生労働省の死亡事故報告では死亡した児童数を年齢別に公表しており、保育園での死亡事故の8割近くは0歳、1歳の死亡事故であることが分かる(表3)。

そこで、認可保育園、認可外保育園の年齢別児童数や年齢構成がどの程度異なるかを調べてみた。認可保育園の利用児童数については、「福祉行政報告例」に年齢階級別の統計が掲載されている(ただしなぜか1,2歳、4歳以上はそれぞれ一つのカテゴリになっている)。一方、認可外保育園については厚生労働省の「認可外保育施設の現況取りまとめ」に年齢区分別入所児童数が掲載されている*6。これらについては、東日本大震災の影響による統計の欠落がない2009年度(平成21年度)の統計を用いた。また全数調査ではないが、「児童福祉事業等調査解説」の平成19年度、平成21年度版にもサンプル調査があるため、それらも参考値として年齢構成を計算した*7

表4によると、認可保育園と認可外保育園において、後者のほうが死亡リスクの高い0、1歳児の利用児童割合がやや高いものの、絶対数では前者のほうがほぼ10倍とかなり大きい。従って、死亡事故は絶対数においても後者において多く発生していることを考慮すると、利用児童の年齢構成の違いが両者の間の児童死亡率の差を説明できる余地は小さいと考えられる。

5.結論と考察

今回、厚生労働省の事故報告に記載されている集計データを用いて、認可保育園と認可外保育園の間の児童死亡率の差の検証を行い、両者の間に顕著な差があることを再確認した。また、認可保育園と認可外保育園において、後者のほうが死亡リスクの高い0、1歳児の利用児童割合が高くなっている一方で、絶対数では前者のほうがはるかに大きく、にもかかわらず死亡事故は後者において多く発生している。従って、利用児童の年齢構成の違いが認可保育園と認可外保育園の間の児童死亡率の差を説明できる余地は小さいことが分かった。

この検証が概ね正しく、認可保育園と認可外保育園に有意な死亡率の差があり、それが利用児童の年齢構成や健康状態等の差によるものではないとする。その場合、両者の死亡率の違いが認可保育園と認可外保育園のいわゆる「保育の質」の差によるものである可能性は高いと考えられる。そうであるならば、宮本氏が主張するような(死亡率の低い)認可保育園の増加による認可外保育園利用児童数の減少も、駒崎氏が主張するような(死亡率が高い)認可外保育園への公的補助拡充や公的な監視強化による保育の質の上昇も、ともに児童の死亡リスクを減少させると考えられる。

一方で、一定の追加的公的財源を前提とした場合に、どの程度を既存の認可保育園への増加に費やし、どの程度を認可外保育園の質向上のために費やすことが児童死亡リスクの最小化に繋がるかは、今回の検証からはわからない。

ともに子供たちのことを想って発言しているであろう宮本氏と駒崎氏の不幸な対立を少しでも緩和し、「認可保育園の拡充」と「認可外保育園への補助拡大」の間のよりよいおとしどころ(公的資源配分や公的規制の最適な在り方)を検証するためにも、一刻も早く、詳細な保育所データの公開(もし存在しないのならば収集)を望む。
(あと、死亡事故発生保育園も含む保育所データを持ってる人いたら、私に下さいor研究結果を教えてください。

有益コメント@はてブ

「あと都市部無認可だと一つベッドに子供二人(死亡事例あり)が比較的良質のところでも常態化していたりする。同じゼロ歳一歳でも、無認可の方が低月齢多し。 でもご家庭よりは死亡率低いと思うよ無認可でも。」
http://b.hatena.ne.jp/sakidatsumono/20130324#bookmark-137721006

「親の労働環境の違いも考慮する必要があるのでは。認可外を利用している親にはそうせざるをえない理由があって、それが病気の時などの対応の差=死亡率の差になってないか」
http://b.hatena.ne.jp/chintaro3/20130324#bookmark-137721006

「 統計だけで見えない部分の検証が必要だろう。0〜1歳児で認可園だと病児は預からないとか看護師常駐義務等。深夜まで病児を預かり、病院が開いてない時間で対応が遅れて死亡とかはありえるので個別案件を見たい。」
http://b.hatena.ne.jp/fatpapa/20130324#bookmark-137721006

参考文献

駒崎弘樹(2013)「待機児童問題を考える前に、そもそも保育園の歴史を振り返ってみようか」
http://komazaki.seesaa.net/article/348576326.html#more

駒崎弘樹(2013)「もろもろのツイート」
https://twitter.com/Hiroki_Komazaki/status/314980336192868352
https://twitter.com/Hiroki_Komazaki/status/314982518363398144
https://twitter.com/Hiroki_Komazaki/status/314982983843061760
https://twitter.com/Hiroki_Komazaki/status/314983753812422656

宮本徹(2013) 「待機児童の理由は何か  駒崎弘樹さんに伝えたいこと」
http://miyamototooru.blog.fc2.com/blog-entry-3.html

利用した統計

福祉行政報告例(厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/38-1.html

地域児童福祉事業等調査(厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/25-20.html

保育施設における事故報告集計(厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000002yx5.html
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r985200000101kr.html
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000020vca.html
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002sw6v-att/2r9852000002sw8c.pdf

平成21年度認可外保育施設の現況取りまとめ(厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000015xus-img/2r98520000015xw9.pdf

(参考)平成 23 年度 認可外保育施設の現況取りまとめ(厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002ybfx-att/2r9852000002ybhe.pdf

追記の参考記事

2013.12.11
「保育施設での死亡事故、国への報告漏れ31件」(読売新聞 12月11日(水)18時22分配信)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131211-00000417-yom-soci

自治体が国に報告していなかった保育施設での死亡事故が2004年〜12年に31件もあったことが、厚生労働省の調査でわかった。

 保育死亡事故に関する10月27日の読売新聞の報道で、過去に報告漏れがあったことがわかり、同省が10月末、全国の自治体に調査した。

 調査対象は都道府県、政令市、中核市で計109の自治体。このうち21自治体で31件の報告漏れがあった。これまでの同省の発表では、2004年〜12年の死亡事故は93件とされてきたが、124件になった。

 報告漏れがあった31件の内訳は、認可保育所での死亡事故が9件、認可外が22件。子どもの年齢別では、0歳が21人、1歳が7人。睡眠中の事故が27件と多く、死因別では、乳幼児突然死症候群(SIDS)またはSIDSの疑いが8件、窒息3件など。

「保育施設で乳幼児死亡、新たに31件 厚労省調べ」(朝日新聞 2013年12月11日19時15分配信)
http://www.asahi.com/articles/TKY201312110367.html

厚生労働省は11日、2004年以降に保育施設で乳幼児が死亡した事故が新たに31件判明した、と発表した。各地の自治体が事故と認識せず、最近まで厚労省への報告事例から漏れていた。これにより、04〜12年に発生した事故は124件、亡くなった乳幼児の数は127人になった。

 厚労省は10年、保育施設で死亡事故が発生した場合、理由を問わずに報告するよう自治体に通知。ただ未報告の事故があるとの指摘があり、改めて調べた。追加で死亡が判明した31人のうち、17人は死因が特定できなかったケース。27人は睡眠中の死亡だった。

 報告漏れは、自治体が「睡眠中」や「病死」のケースを事故と認識していなかったのが原因。厚労省は死亡事故が起きた場合は報告するよう、改めて通知した。

*1:より詳細な分析には、死亡事故を起こした認可・認可外保育園を含む、個表レベル(すなわち保育園レベルでの)での保育所データが不可欠である。

*2:短期間(数十分)のサーベイのため、著者が既存研究を見落とした可能性は否定できない。

*3:ちなみに、宮本氏の指摘のうち「認可保育園での死亡事故も詰め込みがはじまってから増えています」については、統計のタイムスパンが短いことから、本稿の検証の対象外とした。

*4:例えば2011年にはこの差は著しい。

*5:ざっくりとした死亡率の差の統計的検定は、おそらくポアソン分布を仮定した上での希少事象発生確率の差の検定等になるのだろうが、すぐにできないので省略しようと考えた。しかし、念のため検索してみると以下の便利サイトを見つけた。Compare two counts based on Poissons distribution http://www.stattools.net/Twocounts_Pgm.php 解説 http://www.stattools.net/Poisson_Exp.php このサイトを使って検定してみると、2010,2011,2012年のどの年度の死亡率においても、それらの期間を合算して計算した死亡率においても、認可・認可外保育園間において児童死亡率が同じであるという仮説は有意水準0.1%で棄却された。ただしこの検定が本当に妥当かどうかは確かめていないので、コメントウェルカムである。

*6:2013.3.24追記:「認可外保育施設の現況取りまとめ」の存在については、大石亜希子先生にツイッターにて教えて頂き、version 2より反映した。

*7:なお、「児童福祉事業等調査解説」は市町村事業票、認可外保育施設利用世帯票、保育所利用世帯票及び認可外保育施設調査票から構成され、それぞれ3年周期で調査を実施している。平成19年は認可外保育施設利用世帯票による調査、平成21年は市町村事業票による調査であるため、調査対象が異なる点に注意が必要である。また、「認可外保育施設利用世帯票による調査」については、「児童福祉法に基づいて届出された全国の認可外保育施設(ベビーホテル及びその他の認可外保育施設)から、層化無作為に認可外保育施設を抽出し、その認可外保育施設を利用する世帯を客体とした」との記載があったが、「市町村事業票」については、調査方法の詳細はよく分からなかった。

昨日のシノドスの若田部・熊谷対談(前編)についてのつぶやきの補足

昨日、αシノドスメルマガvol.120の熊谷晋一郎×若田部昌澄 / 「市場とケア(前編)」

http://synodos.jp/mail-magazine

についてつぶやいたのだが、

http://twilog.org/dojin_tw/date-130320/asc

それについて、知人に補足のコメントを送ったので、それを加筆修正してメモっておく。

私のつぶやきについては、例えば、「公的負担/私的負担」や「再分配と経済成長」については、ただの勉強メモだが、1年前のつぶやきで、いくつか最低限の参考文献を挙げながら、以下のようにつぶやいたことがある。

メモ:公的負担/私的負担、税と労働供給、政府規模と経済成長
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20120109#p1

ここに載っていない重要な参考文献として、古くは

Ram(1986)Government Size and Economig Growth A New Framework and Some Evidence from Cross-section and time-series data, AER
http://www.jstor.org/stable/10.2307/1804136

などもあり、近年の引用件数が比較的高い文献に限っても、

Afonso&Furceni(2010) Government size, composition, volatility and economic growth
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S017626801000008X
Checherita-Westphal &Rother(2010)The Impact of High and Growing Government Debt on Economic Growth: An Empirical Investigation for the Euro Area
http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=1659559

などがあり(後者は政府のサイズではなくて負債のサイズだが)、2011年にはJournal of Economic Surveyに以下の展望論文も掲載されている

Bergh&Henrekson(2011)GOVERNMENT SIZE AND GROWTH: A SURVEY AND INTERPRETATION OF THE EVIDENCE
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1467-6419.2011.00697.x/full

また、直近の日本における消費税増税と経済成長や消費の関係に関しては(こちらは若田部氏のほうがずっと詳しいと思うが)、こちらもただの勉強メモだが、3年前にブログでメモしている。

不況下の消費税増税(or財政再建or社会保障強化)がマクロ経済に与える影響
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20100609/p1

これは個人的な見解だが、一般向け言説においても、できるだけ明示的に、これらの学術的分析をある程度網羅的に踏まえながら検討・考察したほうが、素人も専門家もその中間くらいのウォッチャーも、得るところは大きく、議論も建設的になると思っている。

私は若田部氏のような経済学史の専門家が経済論壇にいる意義は大きいと思っている一方で、細分化された学問領域の中で、膨大な先行文献を踏まえながら、自分の「限界的貢献」を時間をかけてアウトプットしていくという作業によくも悪くも浸っている「アカデミズムの中の人」にとっては、経済論壇における単純化された「経済学」の言及のされ方に不満を持っている人が多いのは事実だろう。

このような、経済論壇と経済学アカデミズムの社会的機能やアウトプット方法の違いによる無用な摩擦を減少させる効果的かな方法の一つは、言論の根拠となっている論文や本を「常に」明らかにしつつ、かつ対立する論点や論者に「常に」明確に言及しつつ、そうした「マッピング」の中で時論や持論を展開する、ということだと私は考えている。このような作法はアカデミズムの中ではいわば「前提」である(のが少なくとも姿勢としては求められている)のに対して、経済論壇サイドにはこのような面倒なことをするインセンティブは、論者や編集者にはあまりないだろう。

しかし、このような作法を課すことによって言論の内容が難しくなるわけでもないし、例えばシノドスのように両者の橋渡し的な機能を謳っている言論の場では、このような引用や参照のルールを、執筆サイドに任せるのではなく、編集の仕組みとして工夫することによって、言論の場として独自の地位を確立することも可能なのではないだろうか。

以前、熊谷氏とツイッターか何かでお話したときも、「とにかく経済学や経済学者のマッピングがわからず、どう考えたらいいのかわからない」的な問題意識を持っているようだったし、似たような話は非経済学者からよく聞く。それならばなおのこと、上記のような経済学における古典的&最新の参考文献に言及しながら議論したほうが建設的だったのではないか、と感じた。経済学史のプロである若田部氏は体系的な研究マッピングは得意だろうし。

生活保護受給者の医療費の自己負担導入についてメモ

http://mainichi.jp/select/news/20121003k0000m010092000c.html

三井辨雄(わきお)厚生労働相は2日、生活保護をめぐる自身の発言について訂正する記者会見を開いた。初入閣の三井氏がスタートからつまずいた形で、今後の国会答弁などに不安を残した。

 三井氏は2日の閣議後の会見で、全額無料の生活保護の医療費に関し、「全部無料はあり得ないということも含めて検討したい」と述べ、自己負担導入の容認ともとれる発言をした。記者からただされると「全額無料廃止ではない」と修正。さらに、2日夕に再度、会見を開き、「発言の趣旨は、さまざまな意見を聞きながら医療扶助の適正化を強化していく必要がある旨を述べたものだ」と釈明した。

前に医療扶助および生活保護受給者の医療負担の自己負担化についてつぶやいたので、それを一部修正・追記して転載。

「医療扶助も濫用防止と無料での医療受給権確保のためのフリーアクセス制限などがありえる」と書いたがスウェに来て以来たまに考える。スウェは日本のようなフリーアクセスはなく我が県は予約制の一般医受診の他、市内に数箇所予約なしで行ける一般医の診療所がある。専門医への直接アクセスは不可。

専門医への直接アクセスや選択肢がないのは、日本の医療になれた身からすると不便極まりないし不安も感じる。一方で、年間の医療費上限は10000円ほどと低額になっており、それ以降は無料(薬は20000円ほど)。上限までの一回ごとの受診料は原則定額制で1500-3000円ほどか。

厳密な議論ではないが、日本で老人医療費無料化が廃止されたように、おそらくフリーアクセス(コンビニ的感覚での医者利用@日本)と低い自己負担(@北欧やイギリスやカナダのNHS)には一定のトレードオフがあり、いいとこどりをすることはどの国でも財源制約上難しいのではないか。(これは医療政策研究者にはよく知られた事実だと思うが、今は文献参照する時間ないのでスルー)

生活保護の医療扶助も、制度上はフリーアクセスではないようだが、「自己負担無料」であることによる需要サイド、供給サイドのインセンティブからの過剰診療が問題視されてるようだし、だから医療扶助の生活保護からの切り離し(国保への組み入れ?)や自己負担導入の議論がなされているのだろう

生活保護受給者への自己負担導入は、医療ニーズが高い受給者の受診抑制を生むのはおそらく間違いない。「受診の有無にかかわらず標準的自己負担額を保護基準額にを上乗せした上で自己負担導入」という林正義氏のより穏当な提案(日経経済教室2011.12.26)でもこの問題は避けられない。

折衷案として、アクセスは不便だが無料(or上限が低額)で質が担保された(公的or民間)診療所と、現行制度のフリーアクセス&3割負担の併用はどうか。これを万人に適応すると色々摩擦があり見通しわからなくなるが、生活保護受給者を対象にこうした制度にすることはできないか

「万人に適用すると見通しわからなくなる」というのは、万人に対して1.アクセスは不便だが無料(or上限低額)の診療所と2.現行制度下のコンビニ的3割負担診療所の両方を保障するのは個人的にはいいことだと思うが(日本の3割負担や高額療養費は低所得者層や高医療ニーズ層には負担が重いという立場なので)、現行の病院・診療所にとって無料診療所は脅威だろうし、医療サービスの二極分化に繋がる可能性もありそう。

なので現行制度を前提とした上で、生活保護受給者には、非受給者と同様どの病院にも3割負担で通ってよいことにして、かつ指定診療所への無料アクセス(ただし予約制や厳しめのレセプトチェックなどの制約あり)も保障する、というのはどうだろう。この場合、受給者の(3割負担の)病院へのアクセスをあまり悪化させないように、林案のように一定額保護費に上乗せしてもいいし、そこに医療ニーズ判定を導入することも、行政的に可能ならばありうるかもしれない。

生活保護受給者の医療扶助の問題は、非受給者の低所得者や医療ニーズの高い人々の医療アクセスや医療費負担の問題とも地続きの問題なので、フリーアクセス&3割自己負担&高額療養費制度という日本の医療サービス利用のあり方そのものをどう評価するかという難題とも関係してくるので、今後も考えていきたい所存。

思いつきなので、玄人&素人の皆さんのフィードバックがほしいところです。

参考文献:林正義 経済教室(2011.12.26)「生活保護、対象範囲限定を 国保・年金と併せ制度改革」

社会保障・税一体改革の3党合意(2012.6.15)関連メモ(気が向いたら拡充)

社会保障・税一体改革で民主・自民・公明の3党実務者合意案

3党実務者確認書
http://www.dpj.or.jp/download/7217.pdf
社会保障・税一体改革に関する確認書
http://www.dpj.or.jp/download/7218.pdf
税関係協議結果
http://www.dpj.or.jp/download/7219.pdf

民主党

社会保障・税一体改革で民主・自民・公明の3党実務者合意案まとまる(民主党ウェブサイト)
http://www.dpj.or.jp/article/101147/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E4%BF%9D%E9%9A%9C%E3%83%BB%E7%A8%8E%E4%B8%80%E4%BD%93%E6%94%B9%E9%9D%A9%E3%81%A7%E6%B0%91%E4%B8%BB%E3%83%BB%E8%87%AA%E6%B0%91%E3%83%BB%E5%85%AC%E6%98%8E%E3%81%AE%EF%BC%93%E5%85%9A%E5%AE%9F%E5%8B%99%E8%80%85%E5%90%88%E6%84%8F%E6%A1%88%E3%81%BE%E3%81%A8%E3%81%BE%E3%82%8B

衆院社保・税一体改革特委】3党提出法案・修正案を趣旨説明
http://www.dpj.or.jp/article/101171/%E3%80%90%E8%A1%86%E9%99%A2%E7%A4%BE%E4%BF%9D%E3%83%BB%E7%A8%8E%E4%B8%80%E4%BD%93%E6%94%B9%E9%9D%A9%E7%89%B9%E5%A7%94%E3%80%91%EF%BC%93%E5%85%9A%E6%8F%90%E5%87%BA%E6%B3%95%E6%A1%88%E3%83%BB%E4%BF%AE%E6%AD%A3%E6%A1%88%E3%82%92%E8%B6%A3%E6%97%A8%E8%AA%AC%E6%98%8E

自民党

【FAXニュース】No.162 「子ども・子育て新システム」には反対です(自民党2012.5.25)
http://www.jimin.jp/policy/policy_topics/recapture/pdf/064.pdf

【FAXニュース】No.163「社会保障と税一体改革」について(自民党2012.6.27)
http://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/065.pdf

公明党

公明の福祉ビジョンが前進(2012年06月17日)
http://www.komei.or.jp/more/realtime/201206_01.html

その他

西沢和彦(日本総研)≪税・社会保障改革シリーズ①≫社会保障・税一体改革3党合意の評価と課題(2012.6.21)
http://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/policy/pdf/6156.pdf

内閣官房

社会保障改革」トップページ
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/syakaihosyou/index.html

社会保障・税一体改革に関連する国会提出法案等
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/syakaihosyou/houan.html

内閣府経済社会研究所論文VS厚生労働省あるいは鈴木亘VS権丈善一

「年金の世代間格差、厚労省内閣府の試算に反論」(日経新聞 2012/4/24 21:30)
http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C93819481E0E6E2E0978DE0E6E2E6E0E2E3E09797E0E2E2E2

厚生労働省は24日、年金の給付と負担の世代間格差を巡る内閣府の試算に反論した。50歳代半ば以下の世代で支払いが多くなるとの試算に対し、前提となる指標などに関する疑問点を列挙。年金の財政方式についても現行の仕組みの意義を訴えた。年金制度の改革を求める声が相次いでいるのに対抗した形だが、現状を肯定するだけの路線には批判も目立つ。

これは4月24日の年金部会 http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r985200000294x3.html の参考資料1、2の話のようだが(年金部会の話だということくらい書いてほしい日経新聞)、この元ネタは第4回社会保障の教育推進に関する検討会資料 http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000026q7i.html の資料2-1,2-2。

(それにしても、研究者個人(4人の共著)のワーキングペーパーを、内閣府の試算といってよいのだろうか。そうだとすると、ESRI Discussion Paperは全部内閣府の見解と報道してもよいことになってしまう。厚生労働省厚生労働省で、「2012 年 1 月 内閣府経済社会総合研究所から ESRI Discussion Paper NO.281 として公表(研究者の個人論文)」という形で引用しないで、著者たちの名前を書くべきでは。)

で、後者の「検討会資料」の資料2-1には「※3,6,11,12,19,21,23,25,26,27ページの図表については、慶應義塾大学 権丈教授提供による」と書かれているように、実質的に年金部会の参考資料2および教育推進に関する検討会資料の資料2-1は権丈善一http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/ のペーパーといってよいのかもしれない。そして批判対象のESRI Discussion Paper (http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis290/e_dis281.html) はもともとは鈴木亘氏の研究をベースにしているので、これは実質的に(待望のw)鈴木氏VS権丈氏という側面が強い。

権丈氏は、ウェブサイト http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/ では自説を常々展開しているが、このような形で東洋経済や他のメディアの記者、そして今回のように厚生労働省を使って自説を展開することが多い。それはかまわないが、できれば個人名で論文(査読論文にはならなそうなトピックなのでワーキングペーパーで)にして、しっかり論争をしてほしいものだ。そしてもっと議論が(もっとガチンコで)盛り上がってくれるといいと思う。

現状は、お互いがお互いを「誤解している」「理解していない」と罵り合っている状況で、年金問題の議論の対立点が素人にはなかなか見えてこない。そして日本の経済学会上あるいは経済学会に留まらない年金論議全体での鈴木氏や権丈氏のポジションなど知る由もない素人たちの間では、ただただ経済学不信は高まっていく(かもしれない)。(追記:そういう意味で、比較的具体的に「世代間格差」論を批判したこの厚生労働省資料は議論を進める契機になりうる。)

それはともかく、おそらく鈴木氏はそのうち反論を載せると思うが、その前に小黒氏がアゴラに反論を載せ、それについて私はツイッターでメモしたのでここに改行し直しつつ転載。

これはまったく議論がかみ合っていないのではないか。。。>厚労省資料(世代間格差に対する反論)の簡易検証 http://t.co/UYTlvFZq

厚労省ペーパーの論点を読んだとおりにざっとまとめると

1.保険給付の期待値以外にリスク軽減による期待効用増も考慮すべき
2.割引率の設定次第で「給付」の現在価値換算の数値が変わり、賃金上昇率ではなく利回りを割引率とすると「世代間格差」が大きくみえる
3.技術進歩があり世代により中身が異なる医療・介護をただの「費用」として捉えて割引現在価値換算することに意味はない
4.事業主負担をなくして本人負担のみにした場合に事業主負担が100%従業員の賃金に転嫁されるとは考えにくいのでこの部分を全額本人負担として計算できるかは不確か
5.給付と負担の関係を給付の保険料支払いと給付の割引現在価値の「引き算」で求めているが、年金制度ではその時代の給与水準に対して何%もらえるかという「所得代替率」が一般的な指標

以上が「技術的論点」らしい。

一方、その後の「定性的論点」はぐちゃぐちゃ書かれていて分かりにくいが、

6.年金・医療・介護の「恩恵」として、受給世代になったときの給付だけでなく、老親への私的扶養軽減効果を考慮すべき
7.前世代が築いた社会資本の恩恵を考慮すべき
8.教育や子育て支援は現在の若者のほうが充実している
9.親からの財産相続を考慮すべき

という感じ。

そして最後に2の論点について「世代ごとの人口構成が同じと仮定すれば、世代間格差の生じる余地のない公平な制度」においても「“割引率”の仮定や“賃金上昇率”を見込むことによって、割引現在価値換算額でみた拠出の合計額と給付の合計額の“倍率”に違いが生じ」、「大きな割引率で割り引くと 1 を下回る」ことを、参考資料の「ケースIII」で示している。これはたんに割引率が大きけりゃ人口構成や制度設計が公平でも負担と給付の間の「世代間格差」は計算上生じうる、という話の傍証のようで、これをもって内閣府ペーパーを全否定しているわけではない。

それに対して小黒氏は、この参考資料の「ケースII」に注目し、『第6世代から第12世代の年金給付と負担の倍率(=給付計÷拠出計)は「1」と計算される。どうやら、厚労省はこのようなケースもあるから、世代間格差の議論は確かなものとは限らないと主張したい模様である』と書いている。そしてその上で、「(賦課方式が引き起こす)世代間格差は、少子高齢化の下での問題であり、人口が不変または順調に拡大するケースでは、そもそも議論の必要がないテーマなのである」と最後に結論付けている。だが参考資料で人口不変としているのは単に割引率の効果を見るための便宜的設定では。

いずれにせよ年金問題の門外漢からすると、厚労省・権丈ペーパーの「参考資料」部分(エクセルシート計算部分)ではなく、1〜5の技術的問題点と6〜9の定性的論点すべてについてのガチバトルを期待。あくまで印象論だが1〜9全ての論点について経済学はフォーマルに扱うことができる気がするし。

メモ:おおやにき氏エントリ「あるべき姿とその実現」へのコメント

ちょっと前に

あるべき姿とその実現
http://www.axis-cafe.net/weblog/t-ohya/archives/000846.html

のコメ欄に書いたのでメモ。

これについて今日ツイッターでちょっとつぶやいたのでそれもメモ

いつも割と納得なナシナリさんだが、今回は、1.ピアレビューのくだりは権丈氏にもそのまま当てはまる。権丈さんピアレビューに論文書けw 2.竹端-おおやにき論争についてはおおやにき氏エントリコメ欄に書いた通り。回答もらってるのに今気づいた。> http://t.co/qfBMVpyv
posted at 17:09:59
おおやにき氏の続きのエントリhttp://t.co/OjBgh3sR でも自分のコメントに言及されているのを発見。これに対する私の反論は、消費税10%で足りないなら他も含めてもっと税収増を図れというもので、あえて「ニーズ高い者同士の分捕り合戦」話に持ち込みたい意図が良く分からない
posted at 17:17:02
ちなみにこれは短期的なリフレ派の「消費税増税反対」ともそんなに対立しない。現在の消費税増税の問題点が、増税分が(社会保障増ではなく)国債発行減や国債償還に多く回されて緊縮財政的な色合いが強いことならば、消費税増税ストップではなくて全部社会保障増に使うことを提案したっていいわけだし
posted at 17:26:06
ただこんな話=「消費税増税は全額社会保障支出増」(おおやにき氏を意識して障害者福祉分を最低3000億くらい(てきとう)含むものとする)に回し緊縮財政回避。財政再建はリフレで中長期的に)を支持する人がリフレ派にどんくらいいるかわからないし、こういうヨタ話はこのくらいに。
posted at 17:35:13
ちなみにリフレ派議員の金子氏は去年こう言っている http://t.co/Umb1ZTRu 消費税増税の「財政再建分」割合を大幅に減らしてほぼ全て「社会保障強化分」に回せという論陣を張る選択肢はリフレ派にはなかったのだろうか。一部の論者を除いてあんまりなさそうだが、求む情報。
posted at 17:42:38
そうですね。どう取りどう回すかで分捕合戦の様相は変わるので工夫必要ということですねRT @bn2islander 増税に限界がある以上、私も、ニーズ高いもの同士の分どり合戦になってしまうと思います。権丈先生が医療費の財源に消費税ではなく健康保険料の増額を唱えているのと同じ意味では
posted at 17:51:13
ちなみに我がコメ http://t.co/yfgh9eRG が皮肉られてる大屋氏のこのエントリ http://t.co/OjBgh3sR は細かい所除いてそんな異論ない。ただ竹端氏の言論を、このエントリ最後の「地道な作業」と見るか「大学に所属する政治運動家」と見るかの違いはある。

さらにマシナリさんのコメ欄にもしつこく書いたのでメモ。

学術知と実務知の間にあるはずの長い距離の自覚と無自覚
http://sonicbrew.blog55.fc2.com/?no=509

メモ:高橋洋一氏が反論!「その消費増税論議、ちょっといいですか」&スウェーデンの社会保障事情

高橋洋一氏が反論!「その消費増税論議、ちょっといいですか」
番外編 日銀の金融政策で財政再建と円安誘導は簡単にできる
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20120313/229746/?P=1

いろいろ勉強になるが、2箇所、(本記事のメインの内容からすると瑣末な点で)事実誤認というか、内容が不正確な点をメモ。

そもそも消費税は、普通の国では地方の一般財源です。だから分権化した後、地方の行政サービスを向上させるために地方の消費税率を上げますという話なら分かる。消費税を国の税金として社会保障に使おうとしているのがおかしい。

高橋氏はいつもこう言っているが、

租税負担率の内訳の国際比較(国(連邦)税・州税・地方税
http://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/022.htm

を見るとわかるように、たしかに消費税を地方(特に州レベル)に割り当てている国はあるけれども、イギリス、ドイツ、フランス、スウェーデンと、アメリカ以外の国では消費税は中央の一般財源としてそれなりに入っている。

次に、

スウェーデンも歳入庁がありますね。スウェーデンでは、個人は社会保険料を払っていないですね。社会保険料や年金は法人税が財源でしたね。

これは質問者のコメントだが、「法人税が財源」というのはミスリーディングだと思う。確かにスウェーデン社会保険料社会保障拠出金)は雇用主負担がほとんどだが、法人税とは別。

参考

飯野(2008)スウェーデン社会保障所得再分配
http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/18429304.pdf

内閣府経済社会総合研究所(2005)スウェーデン企業におけるワーク・ライフ・バランス調(が株式会社富士通総研に委託)
第2章第6節 スウェーデンと日本の国民負担の比較
http://www.esri.go.jp/jp/archive/hou/hou020/hou014.html

高山憲之(2008)スウェーデンにおける税と社会保険料の一体徴収および個人番号制度
http://www.ier.hit-u.ac.jp/~takayama/sweden0804.pdf

伊集守直(2004)スウェーデンにおける1991年の税制改革
http://kamome.lib.ynu.ac.jp/dspace/bitstream/10131/3419/1/KJ00004763244.pdf

ちなみに、スウェーデン社会保障は、現物給付は地方税(登録や納税は税務署)で、現金給付は社会保険で、という住み分けがかなり明確であり、分かりやすいのが特徴である。神野・井手(2006)『希望の構想』は、このようなスウェーデン型の現物給付と現金給付の住み分けを提言している。ただ、特に介護と医療が現行の日本の(中央集権型の)社会保険制度とかなり異なり、地方政治の状況もだいぶ違うので、日本でこれをすぐに実現するのはかなり厳しいと思う。あくまで最終目標あるいは理念であり、改革は段階的にということなのかもしれないが。

希望の構想―分権・社会保障・財政改革のトータルプラン

希望の構想―分権・社会保障・財政改革のトータルプラン

さらに言うと、スウェーデンでは、多くの手続きはオンライン化がかなり進んでいる印象がある。自分もプライベートでそれなりの地方自治体サービスを受けてきたほうだが、未だに市役所に行ったことは一度もない。もちろん税務署や移民局は住民登録や滞在許可申請で行く必要がある。

スウェーデン社会保険庁(英語ページ)
http://www.forsakringskassan.se/sprak/eng/

スウェーデンの税務署
http://www.skatteverket.se/2.18e1b10334ebe8bc80000.html

自治体サービス例:ストックホルム市の保育園のページ(オンライン申請・登録・マイページへのログインができる。他市も似たような感じ)
http://www.stockholm.se/ForskolaSkola/forskola/

ついでに、参考までに日本の「先進自治体」三鷹市の「みたか子育てネット」のホームページ

http://www.kosodate.mitaka.ne.jp/

わかりやすいけど、申請のページはこんな感じ。申請書類の数のレベルが違う。
http://www.kosodate.mitaka.ne.jp/download/

スウェーデンには個人番号(personal number)が存在し、税務署、社会保険庁自治体間の情報シェアが容易なので、紙ベースの申告書や証明書は必要ないケースが多く、銀行IDなどを使って自治体ウェブを通じてオンライン登録し、サービス申請と簡単な自己申告をする(もちろん、全部が全部そういうわけではない)。