研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

左派こそが、財政・税制をきちんと勉強しなければならない。(追記:政府税調最新情報)

これは自分に対する言葉でもあるけれど。
x0000000000さんの

『注文した本』
http://d.hatena.ne.jp/x0000000000/20060216/p1

でいかにも庶民受けしそうだなぁと思っていたけど
読んでいなかった増税本が二つ紹介されていて、
おや、とおもってリンク先の文章を読む。

『勤労の義務』
http://d.hatena.ne.jp/kenkido/20060216

長いけど引用。

この十年間、もうすでに何度も繰り返されてきたことだから、という理由であろうか。だが、現在進行の現象として格好の話題ではないか。そして、我々の現在の状況の深刻な傾向を確認させてくれるに格好の、それどころか、まさに着目すべき現象ではないか。マスコミについては、何かを言ってもももうしょうがない、という気分で鈍感になっているのであろうか。それは、私は間違いであると思う。マスコミは、民主的社会の健全な状態の為には、適切にその機能を果たしていかねばならないものであって、もしそれを放っておいてしまったら、その地位と役割、そしてその能力を、全く別のもののために使われてしまうのである。丁度現在そうであるように。

 そして、この鈍感さからなのか、もう一つ、私を慄然とさせていることは、近く実施が画されている増税の根拠として、我々が何度も聞かされて、増税やむなしと思うまでになっている、あの根拠、すなわち、我々の国の財政赤字が八百兆だ、(財務省は二〇〇五年六月末の政府債務を七九五兆円と発表している。)やがて千兆だ、というこの数字が、真っ当な財政理論からすれば、扱いのおかしいものである、という事実を、新聞を始めとして、大手の報道機関では、どこもあまりふれずにある、ということである。ようやく、文芸春秋の最新号の論文で、そのことに触れたものが現れた。

 このことに付き、より詳細な議論を教えてくれるのは、単行本で、ダイヤモンド社刊の、

増税が日本を破壊する 本当は「財政危機ではない」これだけの理由」 菊池英博著

がある。それによれば、例の八百兆円が粗債務の額であって、そこから金融資産を引いた純債務の額ではなく、「一国の財政状況は「純債務」でみるのが国際的にも一般的だ。粗債務だけで危機を煽っているのは日本だけである。」(六頁)と記されている。(その粗債務、純債務に関して解説するのは、素人の私では、誤りのあるを恐れる。どうか、この著書を参照して下さい。)そして、この純債務で見る限り、日本の財政は危機ではないことが告げられる。(この主張についても、あらためて私の言葉で解説するには、いささか骨が折れるので、どうかこの著書をお読みください。)

 私は、この本を読んで、非常に驚愕した。知識に貧しい私が、マスコミから散々聞かされる、財政赤字とその額の大きさの意味するところの解説に、いかに影響を受けてしまっていたかもさることながら、この著作に示されているような、真っ当な財政的解説を、通常のマスコミからは全然聞かされずにあることを気づいたからである。(このマスコミの意識誘導について、この著作は記述するところがある。どうか、この点でも、ご一読を薦めたい。)私は、とんでもない社会の中に自分がいることに、今さらながら、ぞっとした思いでいる。

 少し書き足す。この著作の題にある「増税」が日本の破壊となることについては、この著作自身もよく教示してくれるものがあるが、それを補足するのに、斎藤貴男「大増税のカラクリ サラリーマン税制の真相」ちくま文庫を併せ読まれると宜しいでしょう。

 さて、背筋が寒くなるのは、マスコミから評論家から、そして学者まで、我々の社会のあり方に就いて、言論を展開する人々が、その言論を広く流布させる能力も機会もある人々が、ある一定の優勢者の意図することを受容させて、それによってこの優勢者たちの利益になるようなことしか、我々に対しては告げずにあるという傾向が、こんなに各方面で確立されてあることである。これは我々の社会が、民主的社会から変貌させられていくことが、どれだけ進行しているかを意味するものである。お節介なことであるが、ヨーロッパの風刺画騒動も、その他のことも孰れ関心に値することではあろうが、ある方向づけられたものごとの理解と知識と価値観が、我々に対して、こんなにも圧倒的量で押し寄せて与えられる、現在の社会傾向を見据えてみられてみたらいかがあろうか。

 今はまだ、それを違和感を持って感じられるが、この時期を迂闊に過ごすことになると、何がおかしいのか、全く感じなくなるであろう。それほどに周到で圧倒的に、我々の意識形成が、現在進行している。今、これにおかしい、おかしい、と口にしないでいると、我々の社会の変化は、すぐに完成してしまうであろう。これを止めることが出来るか否かは、しかとは分からない。しかし、おかしさを指摘することで、その進行はもう少し遅くなるであろうし、そうなれば、それを押し止める気運も見出される可能性はあるであろう。

(TT)この人は、経済学や財政学の理論を学ぶこともなく、ジャーナリストと金融の専門家の議論を鵜呑みにするのですか。なんというメディアリテラシーのなさ。いや、べつにジャーナリストや金融の専門家の財政論が間違っているはず、といっているわけではない。私はこの二冊の本を読んでいないので批判などできるはずもない。

しかし、ネットを少し調べれば、粗債務と純債務についていろいろと議論がされているのがわかるはずだ。例えば、「純債務」とググって最初にでてくる次の文章でも読んでみて欲しい。
『財政悪化、なぜ問題か』(小林慶一郎)
http://www.rieti.go.jp/jp/papers/contribution/kobayashi/21.html

これだけ読んでも、財政赤字の問題は、単なる純債務総額の問題ではないことがわかるだろう。小林氏は上記の文章で、主にマクロ経済の観点から意見を述べていて、これだけでもマクロ経済学者の中で異論反論いろいろあるところだろう。さらに介護保険医療保険など個別財政を研究している財政学者や社会政策学者は、また違った視点から財政赤字問題を考えている。自分の不勉強を棚にあげて、マスコミや学者、ひいては社会全体のあり方までも批判するなんて、あまりに安易で恥ずかしい。x0000000000氏も、こんな文章に賛成するべきではなかった。

ちょっと話が横にそれるが、私は資源分配に関しては徹底的に左派でありたいと思っている。(本当は「徹底的に左派である」といいたいのだが、資源分配に関して徹底的に左派で「あろう」とすることと、徹底的に左派で「ある」ことの間には、越えられない壁があると感じている。残念ながら、きっと私は徹底的な左派にはなれない。)

どのくらい左派かというと、日和見左派が「再分配」という概念を規範的に正当だと考えるのに対し、私は「再分配」という概念に正統性(legitimacy)を感じるものの、これっぽっちの規範的な正当性(justifiability)も感じないくらいの左派だ。つまり、「再」分配ではなく、最初から公平に分配することこそが規範的には正しいのだ、という立場である。

しかし、そんなこともいってられない世の中だから、仕方なく「再」分配について考えている。この世界は、不幸にも、誰がどのくらい負担して、誰がどのくらい給付を受けるか、ということをある程度はっきりさせないといけない世の中なのである。

ここからは憶測だが、ヨーロッパ社民のえらいところは、革命を断念して福祉国家の方向にカジを切ったとき、このような福祉資本主義における「負担と給付」という日本の古い左派(社民、共産系)が考えない/考えたくない/あまり考えなくてもすんできた問題についてきちんと考えたことではないか。これに関しては今は中断してるけど、もっと勉強しなければいかん。

そして、日本の古い左派が数少ない財政負担のよりどころにしていた法人税や累進所得税がグローバリゼーションとかなんたらかんたらでどんどん頼りなくなっている中で、日本の古い左派は財源のよりどころを無くしてしまっているのではないだろうか。それについては例えばここを参照。

山口二郎氏が「社民党宣言」を批判(朝日新聞)』(namiメモ)
http://d.hatena.ne.jp/nami-a/20060211

オチはとくにないが、革命は目指さず、日和見左翼としてこの世を批判的に斜に構えながら生きながらえることを決意したのならば、そういう左派こそが、財政・税制をきちんと勉強し、考えなければならないと思う。

追記:政府税調最新情報

『政府税調会長、所得課税の最高税率引き上げに慎重』(日経新聞
http://www.nikkei.co.jp/sp1/nt5/20060217AS1F1702917022006.html

政府税制調査会(首相の諮問機関)の石弘光会長は17日の会見で、現行では50%となっている所得税と個人住民税を合計した最高税率について「高めるのは難しい」と述べた。国会で所得格差の是正問題が議論されているが、所得課税の最高税率を引き上げれば高額所得者などの海外逃避を招きかねないとの考えを示唆した。

 現行税制では、最高税率所得税が37%、住民税が13%。2007年の所得税から住民税への税源移譲に伴って税率は所得税が40%に上がる一方で、住民税は10%に引き下げられるが合計税率の50%は維持される。

 国会では小泉内閣が進める構造改革で所得格差が拡大したと野党が指摘している。しかし、石会長は「1980年代から(所得格差を示すとされる)ジニ係数は拡大している」と発言。さらに国際的に見ると所得課税の50%は「最高水準にある」と語った。

「所得課税の最高税率を引き上げれば高額所得者などの海外逃避を招きかねない」がどのくらい正しいかどうかはわからないけれども、政府税調や多くの財政学者の認識がこういうものであることはきちんと理解しておかなければ。