研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

これが日本の「リベラル左翼」だとしたら、まずくないか。(追記あり)


「消費税論議がかまびすしいが。」
http://heiwawomamorou.seesaa.net/article/62007217.html

誰でも知っている(そしてソラで言えてしまう)、日本の典型的左翼の「あるべき税財政改革」5か条を見事に踏まえている。

1.徹底的な歳出削減をすすめるべし。
2.消費税増税は反対すべし。
3.法人税を強化すべし。
4.所得税の累進性を強化すべし。
5.軍事費を大幅に削減すべし。

これらは、一つ一つは真剣な検討に値する。しかし、十年一日のごとく、これを反復する(そしてこれ以上のなんら具体的な議論にいかない)思考停止状態はやはりまずい。

その思考停止ぶりを如実に示すのは次の一言。

もし、今後社会保障費への利用を考えるなら、まず現在の5%の消費税を全て社会保障に充てるべきだ。

では(消費税の一定割合が当てられることになっている)地方交付税はその分さらに切り詰めてけっこう、ということなのでしょうか。

年金報道とか自民党の利権とか、メディアで話題になるものばかりに気を取られないで、まずは政府の一般会計80兆円のグラフを眺めながら、ざっとでもいいので、社会保障を削らないまま、他の「歳出の無駄」をどのように削減して、現実的に可能なレベルで法人税所得税を強化して、現実的に可能なレベルで軍事費の削減を断行し、帳尻があいそうかどうか、それをしたら誰の生活がどうなるのか、ということをイメージする作業が必要なのではないか。もちろん「現実的に可能なレベル」は一つの大きな論点になるだろうが、それはそれで議論しなければならないのは避けられないわけだし。

もっと厳しく国政調査権を使い、予算の使い道や無駄遣いがないか、徹底検証するべきであろう。すべてはそこからである

これはもちろん大切だが、いつになったら徹底的な検証が終わるのか。終わったころには、日本の社会保障はどうなっているのか。そういうことを考えたことがあるのか。それに増税の有無に関わらず、徹底的な検証は可能であるし、それこそ「リベラル左翼」の役割の一つである。

そもそも、ちまたで騒がれている年金問題自民党の利権問題が歳出構造に生み出す「ムダ」と、日本の社会保障の歳出規模を冷静に比較したことがあるのか。

ちなみに現時点での私の政治的立場は、以下のようなもの。

1.優良なマクロ経済政策により、景気回復を本格化させる。(←これは金融の専門家への神頼み笑)

2.1を見据えながら、経済的に実行可能な時期に、消費税を政治的に合意可能なレベルに増税。一律の税率か、奢侈品や必需品で税率に差をつけるかどうかは、民意と専門家の研究成果を反映しながら決定。

3.同時に、下記の大竹文雄氏のような意見や実証研究を参考にしながら、経済効率性や労働インセンティブを過度に歪めない程度に、所得税の捕捉強化や再累進化を進める。資産課税についても同様。

4.公共事業の削減や効率化は必要だが、政治的にどの程度可能なのかは(少なくとも私には)見通しが見えないし、かなり切り込めたとしても、長期的な社会保障費の増加をまかなうほどの歳入確保は厳しいと考える。(これって、より厳密にはどうなのでしょう?要勉強)

5.軍事費については、明確な民意が存在しない以上、大幅な増加も減少も想定しない。

6.年金、介護、医療、地方財政制度については、(権丈・小西的な)リベラルだが制度的保守主義の姿勢を軸にしながら、一般会計の改革と一体的に、漸次的改革を進める。(例えば、自分が一番わかっている介護財政については、介護保険・障害者自立支援給付ともに、歳出削減の余地はほとんどなく、かつ他の財源からの振り替えで歳出増加全てにまかなうのは不可能と判断されるため、何らかの形(税収か保険料収入の増加)による歳入確保は必要と考える。おそらく、歳入が増加しても歳出の増加を賄いきれず、歳出削減の厳しい圧力にさらされ続けることになると思うけど。)

追記:

7.法人税への自分の立場を書き忘れましたが、それについてはいずれ。どうせ不勉強だし。ただし、グローバル化で、国際協調をしなければ厳しい、という側面と、そもそも経済学的には「法人税」の負担は労働者か資本家か消費者のいずれかに帰着する、という話は抑えておく必要はあるかと。別に「大企業」という階層のお金持ちの人々がいて、税金を払っているわけではないのだから。法人税は、資本家の取り分からさっぴくか、労働者の給料からさっぴくか、消費者からより多くぶんどるか、という形で支払われていると原則的には理解される。法人税を上げたからといって、必ずしもその分が資本家の取り分からさっぴかれるわけではない。

とにかく、お経のように同じことばっかり言ってないで、きちんと他の意見と対話しつつ、現実的に可能な妥結点を探していく、という流れを作らないと、ほんとにまずいのではないだろうか。というか、医療とか介護とか、もうすでにまずいし。。。

たいした財源捻出には繋がらない「ムダと利権の一掃」に固執することが、果たしてリベラル左翼の進むべき道なのだろうか。

でもこれは、政府や社会への信頼性という根深い問題も絡んでくるため、リベラル左翼の「ムダと利権の一掃」原理主義を批判するだけですむ問題ではないのだろう。

そもそも、先日紹介した日本医療政策機構のアンケート調査では、医療制度において「高負担高福祉・平等」が最も望ましいとする人々は、支持政党別で

社民:19%
自民:15%
無党派:13%
民主:10%
共産:8%
公明:3%
(n=1318)

となっており、どう理解していいのか、ちょっと困ってしまう。

とにかく、結論としては、紋切り型の「あるべき税財政改革」5か条を克服して、現実的なリベラル左翼路線の構築が必要なのではないか。個別分野でみると、そういう立場の学者、知識人はたくさんいる。問題は、既存の政治政党で明確にその路線を採用している政党がいないことだ。しかしそれは、左翼陣営の間で、上記の「あるべき税財政改革」5か条が未だ根強いことの反映でもあろう。こまつた。

参考エントリ:

「日本の左翼は何を学べばよいのか。」
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20061016#p1

「左派こそが、財政・税制をきちんと勉強しなければならない。」
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20060218#p1

メーデー雑感+加藤淳子(2003)『逆進的租税と福祉国家』』
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20060502#p1

大竹文雄氏の「所得再分配の強化」論(2年前の「経済教室」)
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20060802#p1

メモ:権丈善一氏の「歳出削減」論と「世代間格差」論
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20061026#p2

大きな政府」なら「逆進課税」、「小さな政府」なら「累進課税」というビジョンになる?「大きな政府」派の主張。(上記エントリの続き)
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20061026#p3

小西砂千夫と権丈善一
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20071020#p3

その他財政関連エントリ一覧

http://d.hatena.ne.jp/dojin/archive?word=%2a%5b%ba%e2%c0%af%5dhttp://d.hatena.ne.jp/dojin/20050703

井堀本

そういえば、(リベラル左翼ではない)井堀先生がこんな本だしたようですね。この前知りました。

「小さな政府」の落とし穴―痛みなき財政再建路線は危険だ

「小さな政府」の落とし穴―痛みなき財政再建路線は危険だ