研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

メモ:保育料価格の自由化

ミネラルウォーターと保育園 鈴木亘(SYNODOS Blog)
http://synodos.livedoor.biz/archives/1498293.html

を読んだ。以前も一つ紹介したが、鈴木氏の主張のより学術的なバージョンはこちら。

鈴木亘(2008)保育制度への市場原理導入の効果に関する厚生分析(季刊社会保障研究)
http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/18811105.pdf

鈴木亘(2009)「財源不足下でも待機児童解消と弱者支援が両立可能な保育制度改革〜制度設計とマイクロ・シミュレーション」(一橋大学経済研究所DP)
http://www.kiser.or.jp/ja/temp/pdf/817_Pdf02.pdf

また、前者の論文と同じ号に、駒村氏による、より穏当(?)かつ俯瞰的な(解説的な)論文もある。自論もそこかしこに述べられている。

駒村康平(2008)準市場メカニズムと新しい保育サービス制度の構築
http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/18811102.pdf

駒村氏の自論のまとめはこんな感じ。

(P.14)
保育価格については次のように述べている。

一方,各供給主体が利用者に請求する価格については,公的にコントロールすべきであろう。すくなくとも,利用者負担について,質の低下が伴うおそれのある引き下げ競争を認めるべきではない。基本部分については公定価格にしつつ,付加・上乗せサービスについては,自由価格を認めるべきだと考える。

(P.13)

両者の主張には共通点も多いが、あえて相違点に注目すると、駒村氏がこの論文で提案する「新しいメカニズム」は、「サービス報酬+固定価格+上乗せサービスあり」という現在の介護保険に近いと言えるのに対し、鈴木氏はもっとラディカルな価格自由化を主張している。

もちろん鈴木氏は保育を完全に「市場原理主義」にしろといっているわけではない。

第一に,低所得者や障害児のような弱者が排除されてしまうのではないかという点である(規制改革会議〔2007a,b〕)。これは「応益負担=弱者切り捨て」という短絡的な見方に基づく全くの誤解であり,実は,直接補助・直接契約方式の下で,こうした弱者保護はいくらでも可能である。直接補助方式とは,全ての人々に同額の補助金を分配することを意味せず,再分配の要素を組み込むことが大いに可能である。保育所に支払う利用料(直接補助+保育料)は応益負担であるが,障害児や低所得者には,自己負担する保育料を少なくして,逆に直接補助を手厚く配分すれば良いのである。障害児にはさらに,必要な運営コストを反映した加算分を直接補助に上乗せすればよい。また,それでも市町村の責任が曖昧になり,障害児を引き受ける保育所が無くなるというような懸念が示されることがあるが( 規制改革会議〔2007a,c〕),もしそのようなことが仮に起きるのであれば,公立保育所に障害児の保育を義務付け,その分の委託費だけは機関補助として残すことも可能である。「直接契約・直接補助方式=規制の全面撤廃」というわけではなく,必要な規制は残して柔軟に対応すれば良い。

直接補助による傾斜的な補助金配分は,現行制度の下で保育に欠ける要件のために排除されている(あるいは排除されやすい)短時間の非正規労働を掛け持ちする母子世帯やワーキングプア層に対する弱者保護にも機能する。その意味で,弱者保護という観点からは,むしろ現行制度よりも優れているといえる。一方,現行の認可保育所の入所者の中には,所得10 分位中の第1 分位や第2分位に相当するような高所得階層も3 割程度存在しているとみられる(八代・鈴木・白石〔2006〕)。こうした階層には現行のような手厚い公費負担を与える必要はまったく存在しないことから,応能負担によって所得分配上非効率に用いられていた公費を削減することが出来る。その意味で,直接契約・直接補助方式は,所得分配上も優れた制度である可能性がある。

(2008年季刊社会保障論文のPP.43-44)

個人的に鈴木氏の考え方とやや異なるのは、「こうした階層(注:高所得者層)には現行のような手厚い公費負担を与える必要はまったく存在しないことから,応能負担によって所得分配上非効率に用いられていた公費を削減することが出来る。」の部分。

これは程度問題ではあるが、いくらかの「上乗せ」部分も認めながらも、金持ちも貧乏人も原則的に同じ枠組みの公的サービスを普遍主義的に受けることができるというモデルをよしとする私のような者にとっては、高額所得者を公的サービス(あるいは公的補助)の恩恵から排除することは望ましいとは思えないし(繰り返すが、"排除"の程度にもよる)、それ自体が(所得再分配という観点から)一時的に望ましいのだとしても、そのような階層的分断は、中長期的に、恩恵を受けられない中高所得者による政治的反発という形で、低所得者補助の公的補助削減という政治的帰結を生じさせる可能性もある。

高所得者に所得に応じた公的手当てを普遍主義的な枠組みの中で供給する国のほうが、低所得者にターゲットを絞った所得再分配をするよりも不平等や貧困を減らすことができるという有名な福祉国家研究(「福祉国家パラドックス」)もあるし(下に記載)。もちろん「福祉国家パラドックス」の話を社会サービスに拡張したらどうなるのかはよくわからないので、いずれチェックしよう。

とにかく、そういう普遍主義的な立場からすると、なんとか財源確保を実現して「基本部分については公定価格にしつつ,付加・上乗せサービスについては,自由価格を認めるべきだと考える。」という駒村氏の立場のほうが私は近いかもしれない(追記:もちろん基本部分の公定価格をどのようにするのか、自由価格はどの程度認めるべきかについては是々非々で検討する必要がある。価格自由化論者の鈴木氏も、シノドスブログで「上限、下限付の自由化」に言及しているので、考え方に根本的な違いはないかもしれない。あるかもしれないが、そこは詰め切れていない)。

財源が問題というのならば、増税よりも保険料負担のほうが受け入れやすい国民性や介護保険の実績を考慮して、八代氏や佐賀県(だっけ?)などが提言していた保育保険の導入も次善の策としていいかもしれない。

なぜ保育政策がこんなに遅々として動かないのか。私はよく知らないことも多いが、あまりに既得権益側の政治力が強く、非既得権益側の政治的運動が弱いのならば(介護保険のときには「高齢者をよくする女性の会」とかあったし、なにより高齢者問題は政治家にとっても票田という観点からも重要だったろうし)、鈴木氏の提案するようなラディカルな改革は、それが望ましいか望ましくないかに関わらず、なおさら難しいのかもしれない。

より穏当な(ラディカルではない)駒村氏の改革イメージすらも既得権益側から強い政治的反発を受けるのだとすると、それはなかなか難しい状況だが、増税増税収が困難な中で財源とセットで公的バウチャー(介護保険的なものも含む)的な制度を実現しなければならないとすると、若い層を中心とした「育児保険導入」の政治運動みたいなムーブメントが必要なのかもしれない。

私は介護保険も含めて原則「社会保険」よりも「税」派なのだが、そんなことはいってられない状況であることも事実だし、日本の歴史的経緯を踏まえることも大切だろう。介護保険のときにも多くの「税」派(北欧派といってもいい)が「日本では仕方ない」として「介護保険」支持に回って、今いろいろと嘆いているという事実はあるが、もし介護保険が導入されないで増税もされなければ、日本の介護はもっと大変なことになっていただろうし。

おまけ:
1.八代氏の育児保険についてはここで言及した

マイケルムーアSickoみた。(ちょっと加筆修正しました)
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20070909#p1

2.介護保険といえば、大熊由紀子氏の物語・介護保険はまだ続いていた。。。当分読んでいないが。
http://www.yuki-enishi.com/kaiho/kaiho-00.html

3.高所得者もちゃんと社会保険制度の中に取り込んで所得と関連付けた手当てを給付したほうが、結果的に不平等や貧困も効率的に減らせるという有名な「福祉国家パラドックス」論文。
Korpi & Palme(1998)The Paradox of Redistribution and Strategies of Equality:Welfare State Institutions, Inequality and Poverty in the Western Countries, American Sociological Review

We find that by providing high-income earners with earnings-related benefits, encompassing social insurance institutions can reduce inequality and poverty more efficiently than can flat-rate or targeted benefits."

とのことです。

WP版はこちら

実はこの論文をちゃんと読んだことがないのは秘密です。もし解釈間違っていたら誰か教えてください。あと、12年前の論文で、たくさん引用されている論文なので、その後いろいろな議論がありそうだが、私は何にも知らない点も注意。