研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

山形浩生のフェアトレード論ってどうよ

サイゾーを立ち読みして、いつものように最後のページの山形浩生の雑文を読んでたら、テーマがフェアトレードだった。内容は、フェアトレードに熱心な無垢なおばさんを馬鹿にする、という彼らしいスノビッシュな内容だった。

内容はというと、フェアトレードやってる人達は生産者ばっかり重視する傾向があるけど、「中間搾取」する流通業だって必要不可欠なものなんだぞ、というもの。フェアってなんなのか、もっとちゃんと考えたほうがいい、ともいっている。
いやそれぐらい、ちゃんと考えてる人たくさんいるでしょ。その無垢なおばさんはともかくさ。だいたいフェアトレードって、山形氏が想定しているように「流通業者は、(市場原理の下)中間搾取しすぎている。だから市場原理に則らないもっと公正な貿易を」っていう単純な話なのか?

ちゃんと勉強したわけではないので確信持てないけど、「流通業者が市場原理に則っらずに不当な利益を得ているから、もっと公正な貿易を」という側面もあるんじゃないのか。

たとえば古くからフェアトレードをやっているオックスファムとかは、一方でよく先進国の補助金政策を批判している。

"Why is Fair Trade important?"
http://www.oxfam.org.uk/what_we_do/fairtrade/why_ft.htm

Trade ‘liberalisation’, enforced by the World Trade Organisation makes it increasingly difficult for small traders to compete. ‘Free trade’ is supposedly in the interests of increased competition, but when multinational companies are able to benefit from subsidies and protections denied to small economies this competition is unfair.

簡単にいうと、多国籍企業補助金・保護政策により不当な利益を得ているというものだ。

個別産業に関しては、たまたま見つけたのがこちら。
"An End to EU Sugar Dumping?"
http://www.oxfam.org.uk/what_we_do/issues/trade/bn_eusugar.htm

Agricultural subsidies are one of the most contentious issues in the current WTO negotiations. For many developing countries, the unfair use of subsidies to dump surplus production in export markets symbolises the injustice of current trade rules, and the double standards of rich countries’ trade policies. The sugar ruling, together with the recent ruling against US cotton subsidies, adds to growing pressure for change in EU and US agricultural trade policies that undermine the potential for poor producers in developing countries to trade on fair terms in their domestic, regional, and world markets.

ここでも、先進国の補助金政策が途上国の生産者を脅かしている、と批判している。

ちなみに、少し文脈は違うが、鶴見良行も二十年前に『バナナと日本人』(1982 岩波新書 isbn:4004201993)で、バナナの生産業者には「市場原理がきちんと機能していない」と述べている。

安いところで買い、借りる。高いところに売り、貸す。−−この市場原理による選択がまるで働かないように、バナナの生産現場は仕組まれている。外資企業が、栽培者にたいして市場原理の働かないように契約を工夫したのは、そのためである。八百屋やスーパーでバナナを買う私たちのカネは、日々の高低によって生産者にまで流れているわけでは全くない。

バナナという市場商品を生産する、ここダバオの契約農家や労働者は、その資本主義の仕組みからさえ切り離され、疎外されている。こうした分断、疎外が、外資企業の利益を確実なものにしている。ここは外資企業のための「格子なき牢獄」であり、借金は生産者を縛る「見えざる鎖」である。

『バナナと日本人』(1982,p144)

「左翼や多国籍企業批判者=反市場主義者」という単純なイメージを持つ人からすれば意外かもしれないが、そもそも企業とはその本質からいって「利潤・利益主義者」であって「市場主義者」では決してないことを肝に銘じるべきだろう。

で、山形浩生フェアトレード論に話を戻すと、私が思うに、フェアトレード論者や信奉者の多くは、山形氏が想定しているような、反・市場主義者でも反・流通業者中間搾取論者でもないのではないか。少なくとも、彼等が問題だと思っていることを慎重に厳密化していけば、それは市場とか流通業とかそういう話ではなく、利権とか政治的圧力とか権力とか情報操作・隠蔽とか、もっと政治力学的な問題に辿りつくのではないか。

フェアトレードカンパニー株式会社代表のサフィア・ミニー」という人は、ダボス会議に参加した感想として、次のように述べている。
http://www.peopletree.co.jp/のmessageをクリックすると読める)

まず第一に、企業のトップの多くが「自由貿易」の本質を理解していないようです。不思議なことに彼らは、アダム・スミスが説いた市場原理が、大前提として誰もが十分で完璧な情報を得ていることを想定しているのを忘れているのです(訳注:経済学の創始者であるアダム・スミスは『国富論』の中で、個人や企業が私欲に基づいて行動しても、市場においては「神の見えざる手」が働いて公益上望ましい結果になると述べたが、この理論には、個人や企業が情報を共有し公平な立場にある、という前提条件がある)。現実の世界では、ビジネスに関わる人達が情報をコントロールしており、環境コストや社会的コストが製品の価格に反映されることはほとんどありません。残念ながら今回の会議には、「グローバル・ソーシング」についてのセッションはありませんでした。企業の商品調達は、良い方にも悪い方にも莫大な影響力を持っているというのに。大企業にとってのCSR は、持続可能な発展を目指すというより、どちらかというと持てるものが施しを与えるというアプローチに見えました。

私が『反資本主義運動と情報の非対称性』
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20050516#p2
で書いたのと同じようなことが書いてある。というか、私がはからずもこの人と同じようなことを書いてしまっただけだが。

とにかく、フェアトレードっていうのは、反市場的というよりも、文字通り「不公正」な利権構造や情報操作・隠蔽・非対称性(イメージコントロールも含めて)に反対するという側面が強いのではないだろうか。

ただ、だからといって、フェアトレードの「フェア」と公正取引委員会の「公正」が同じ概念であるわけではない。フェアトレードの「フェア」には、「フェアでサステイナブルな賃金」なる概念も含まれるわけであって、そこには「反・資本主義的競争市場」となる余地も残されているからだ。

つまり、たとえ先進国優遇の貿易政策がなくなっても、たとえ情報の非対称性やイメージコントロールがなくなっても、それでも「サステイナブルな賃金」を市場で調達できない労働者・生産者はいるかもしれない。そこではフェアトレードは「反資本主義的競争市場」とならざるを得ない。

でもそんなことまで考えたら、先進国にだってフェアトレードが必要な労働者・生産者はけっこういるのではないか、という疑問がでてくる。ただし、先進国には労働市場以外にも、再分配制度というものがあり、だから「資本主義的競争市場」だけでも何とかなっている(いないかもしれないが)。

となると、一般的・長期的に考えれば、フェアトレードの「フェア」はあくまで不当な貿易政策や利権構造や情報の非対称性の排除と位置づけ、そこから先は再分配制度の構築を考えるほうが、戦略としては未来がある気もしてくる。なにより、先進諸国の先例がある。

よくわからん。

インプットが少なすぎるし情報が未整理なので、もう少し勉強することにしよう。求む面白い情報。


追記1:しかし、商売をして稼いだ利益はどのようなメカニズムの下で、生産者・流通業者・株主・政府(税金として)などに分配されるのか、されるべきなのか。フェア・トレードに限らず、古典的な問題である。

追記2:再分配制度に話を飛ばす前に、労働基準法労働組合や社会的賃金への言及も忘れてはいけないところだったのに忘れた。先進国とて純粋な競争的労働市場が存在するわけではないのだった。あほだった。

追記3:山形氏のフェアトレード論はここで読めるようになった。
http://cruel.org/cyzo/cyzo200507.html