研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

毎日新聞『子猫殺し告白:坂東さんを告発の動き…タヒチの管轄政府』 追記:掲示板のリンク

いずれリンク消えるだろうから、坂東眞砂子さんの書いた部分だけ全文転載します。
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20060922k0000e040085000c.html

坂東眞砂子さん寄稿…子猫を殺す時、自分も殺している

 私は人が苦手だ。人を前にすると緊張する。人を愛するのが難しい。だから猫を飼っている。そうして人に向かうべき愛情を猫に注ぎ、わずかばかりの愛情世界をなんとか保持している。飼い猫がいるからこそ、自分の中にある「愛情の泉」を枯渇させずに済んでいる。だから私が猫を飼うのは、まったく自分勝手な傲慢(ごうまん)さからだ。

 さらに、私は猫を通して自分を見ている。猫を愛撫(あいぶ)するのは、自分を愛撫すること。だから生まれたばかりの子猫を殺す時、私は自分も殺している。それはつらくてたまらない。

 しかし、子猫を殺さないとすぐに成長して、また子猫を産む。家は猫だらけとなり、えさに困り、近所の台所も荒らす。でも、私は子猫全部を育てることもできない。

 「だったらなぜ避妊手術を施さないのだ」と言うだろう。現代社会でトラブルなく生き物を飼うには、避妊手術が必要だという考え方は、もっともだと思う。

 しかし、私にはできない。陰のうと子宮は、新たな命を生みだす源だ。それを断つことは、その生き物の持つ生命力、生きる意欲を断つことにもつながる。もし私が、他人から不妊手術をされたらどうだろう。経済力や能力に欠如しているからと言われ、納得するかもしれない。それでも、魂の底で「私は絶対に嫌だ」と絶叫するだろう。

 もうひとつ、避妊手術には、高等な生物が、下等な生物の性を管理するという考え方がある。ナチスドイツは「同性愛者は劣っている」とみなして断種手術を行った。日本でもかつてハンセン病患者がその対象だった。

 他者による断種、不妊手術の強制を当然とみなす態度は、人による人への断種、不妊手術へと通じる。ペットに避妊手術を施して「これこそ正義」と、晴れ晴れした顔をしている人に私は疑問を呈する。

 エッセーは、タヒチでも誤解されて伝わっている。ポリネシア政府が告発する姿勢を見せているが、虐待にあたるか精査してほしい。事実関係を知らないままの告発なら、言論弾圧になる。

この話、正直、なんて言っていいのかわからないんですけど。ただ、彼女がナルシシズムに陥っていて、あまり考え詰めていないのは分かる。作家だから仕方ないのだが。避妊手術を拒む理由として優生学を持ち出しているけれども、これは猫殺しをしない理由にもなる為りうるわけであって、ちっとも彼女に対するフォローにはなっていない。

ただポイントは、

陰のうと子宮は、新たな命を生みだす源だ。それを断つことは、その生き物の持つ生命力、生きる意欲を断つことにもつながる。もし私が、他人から不妊手術をされたらどうだろう。経済力や能力に欠如しているからと言われ、納得するかもしれない。それでも、魂の底で「私は絶対に嫌だ」と絶叫するだろう。

もうひとつ、避妊手術には、高等な生物が、下等な生物の性を管理するという考え方がある。ナチスドイツは「同性愛者は劣っている」とみなして断種手術を行った。日本でもかつてハンセン病患者がその対象だった。


という文章にあるのだろう。最初の文章で、坂東氏は、生き物にとっての、そして自分にとっての性の大切さを説いている。次の文章でも、坂東氏は、「下等な生物の生」とは書かずに「下等な生物の性」と書いた。その後に続くナチスハンセン病の背景にある優生思想は、「性」に留まらず「生」の思想であるはずなのに、彼女はあえて「性」と書いた。

きっと、坂東氏にとって、「性」は「生」以上の重要性を持つものなのだろう。その自分の感覚を、猫にも適応したということなのだろう。だったらただシンプルにそう書けばいいのに。

また、「だから生まれたばかりの子猫を殺す時、私は自分も殺している。それはつらくてたまらない。」という中途半端なナルシシズムが不快だ。子猫を殺すのがほんとに死ぬほどつらいのならば、猫殺しの不効用は猫を飼う効用を大きく上回り、そもそも猫を飼うことを断念したはずだ。この文はウソである。まぁ「自分も殺している」というのは文学的表現なのだろうが、なんとも薄っぺらい。せめて「子猫を殺すのは、つらくてたまらないが、それと引き換えに避妊手術を受けないですんだ飼い猫との愛情世界を保持できることを考えれば、なんとか耐えられる。」とか書けば、わかりやすくてよかったのに。

だけど、ここからが本題だけど、坂東氏の行為を正面からバシっと批判するのは意外と難しいのではないか。

私も坂東氏の行為に嫌悪感を感じた。後付けかもしれないが、私が坂東氏の行為に感じる嫌悪感の源泉は、「避妊手術を施される猫が被る不効用(心や身体の痛み、不幸せ度)は、殺される猫が被る不効用より小さいはずだ。だから、人間にとっても、猫に避妊手術を施すことの不快感は、猫を殺すことの不快感よりも小さい。だから子猫殺しより避妊手術もを選ぶべきだ。なのに彼女は子猫殺しを選んだ。不快だ」という功利主義的(?)な感覚だと思う。

でも確かに、この「嫌悪感」だけでは相手を批判するには弱い。他の多くの猫の飼い主の場合、勝手に猫の効用不効用を判断して、それに基づいて避妊手術を選択しているわけだし(まぁ普通は子猫殺しなどという大きな不効用、不快感は思いつきもしないので、避妊手術が猫に与える不効用がそんなに高くないと判断しているだけだろうが)、彼女に「私は猫殺しよりも避妊手術のほうが残酷だと思うわ」といわれても「いや、避妊手術のほうがましだよ。やっぱ命は大切でしょ。避妊しても猫は楽しく生きられるしさ」と答えることしかできない。そして「私はそうは思わない」といわれて、議論は平行線に終るだろう。

ちなみに、このやり取りにおける避妊手術と殺しの対象が「猫」ではなく「人間」だったら、ちょっと前の日本ならともかく(ハンセン病患者の強制断種手術はそんなに昔の話ではない)、今の日本では、このやり取りそのものが根本的に間違ってると批難されるだろう。

「あいつを強制的に断種するよりも、生まれた子どもを殺した方がいいって」「いや、生まれた子どもを殺すのはかわいそうだから、あいつを強制断種したほうがいいよ」

こんなのが受け入れられるわけがない。でも、「猫」と「人間」を分ける明確な境界線はない。現に、ちょっと前の日本では、重度障害者やハンセン病患者は猫のように(時には猫以下に)扱われていたわけだし、逆に「猫の強制避妊」と「人間の強制避妊」は全然違う、後者のほうがよっぽど残酷だ、といってみても、確かにほんとにそうだと言えるはっきりした根拠があるわけではない。

たぶん坂東氏はそういうことをなんとなく分かっている。だからそれを逆手にとって、開き直って、私は自分の都合で悪いことしてるけど、そんなのみんな50歩100歩じゃない、と言いたいのだろう。「子殺しするなら避妊手術を」という批判に対しては、「避妊手術ならいいの?なんで人間の強制断種はダメで、猫の強制断種はOKなの?」と再批判できる。これは一種の論点のすり替えかもしれないが、「断種も殺しも残酷な点では50歩100歩でしょ」という意味ではそれなりに有効な論点のすり替えだし、「50歩100歩」の土俵の上で、強制断種は50歩だが猫殺しは100歩だ、といってみても、それでは強制断種を勧める自分も子殺しをする坂東氏も、残酷なことをしている「同じ穴のムジナ」であることを認めざるを得なくなる。

だから、今の私の坂東氏への反論は、「あなたの性への執着はよくわかりましたが、やっぱり猫の避妊よりも子猫殺しのほうがはるかに残酷です。だから子猫を殺すくらいなら猫の避妊手術をして下さい。」+「あなたの猫への執着はよくわかりましたが、やっぱり猫の避妊よりも人間の避妊のほうがはるかに残酷です。人間の強制断種は断じて許されません。猫の強制断種もほんとはよくないです。でも貴方がど〜しても猫を飼いたいけど子猫は無理だというのならば、子猫殺しはやめて、猫にはかわいそうですけど、避妊手術を受けさせてください。」という歯切れの悪いものでしかない。つまり、「猫の性より猫の生がやっぱり大切」+「猫と人間はやっぱり違う」という主観的で経験的な論点で攻めるしかない。

これって、何かもっと説得的な反論はないですか?なんとなく反論したいんですけど、「猫の強制断種も子殺しも絶対に許されない。みんな猫は家の中で飼えor飼うなor子猫の面倒をきちんとみろ」という一番シンプルで反論しがたい「正論」の立場くらいしか思いつきません。だれか教えて下さい。

前も取り上げた以下の本は、こういうことも考えているのだろうか?未だに積読本で、今後読む予定は(とくにspecies membershipの部分は)当面ないし。

Frontiers of Justice: Disability, Nationality, Species Membership (The Tanner Lectures on Human Values)

Frontiers of Justice: Disability, Nationality, Species Membership (The Tanner Lectures on Human Values)

追記:掲示板のリンク

友人に教えてもらった。私はほとんど読んでいないが。

「作家の坂東眞砂子が18日の日経新聞で日常的に子猫を殺していると語る」
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/770743.html

1000以上の書き込みが。

坂東眞砂子掲示
http://6022.teacup.com/masam/bbs

本人らしき書き込みが。