研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

「ニートの海外就職日記」雑感

最近知って、面白く読んでる煽り系ブログ

ニートの海外就職日記」
http://kusoshigoto.blog121.fc2.com/

いちいちもっともだと思うことばっかり。
BtoC(Business to Consumer:銀行窓口とかスーパーとかカフェとかでのやり取り)でもBtoB(Business to Business:企業同士、法人同士の商売のやり取り)でも、「日本の接客態度は世界一丁寧」とか「日本の顧客対応は世界一誠実」だと思ってる人は多いと思うし、自分もそう思う。

海外に住む日本人のグチも、多くは日本と比べたときの接客水準や顧客対応や仕事のパートナーのいいかげんさに関わるものが多いと思う。実際、自分が引っ越すに当たって情報収集のためにいろいろブログをみたり、こっちに来て日本人にあったりすると、「海外からお客さんが来てるのに、4時に保育園に子どもを向かえに行くためにさっさと帰ってしまった」とか「納期を平気で破る」とか「こっちに2年以上住むと怠けてしまってダメになる」などなどのさまざまなグチを収集することができた。

自分としては、海外から客が来てるくらいで子どもを迎えに行かないほうが変だと思うし、納期を平気で破られるのは嫌だが、無理難題な納期ならたまには破りたいこともあるので相手の破りも多少は多めにみたい気もするし、少し怠けるぐらいはリラックスしてていいと思う。(ただ、自分は海外で働いたことがないのでその悪い面をちゃんと見ていないという限界はある。また医療などについて同じような考え方が適用できるのかは難しい面もある。これについては、自分の研究にも多少絡むので、もう少し事情を把握してからそのうち書きたい)

だが、多くの日本人はこのような事態をよしと思わないのかもしれない。海外からの顧客来訪のために親が迎えに来ない子どもはかわいそうだが、それはそれで一つの考え方ではある。

けれども、そういう日本の消費者・顧客としての居心地のよさのしわ寄せは、労務・サービス提供者側の「クソ労働環境」に確実に来ることは認識する必要がある。両者にはトレードオフの関係があるのだ。

サービスを提供する側とされる側が入れ替わりながら交互に首を絞め合う社会w

これは以前も紹介したコメントだけど、お客様wとして過度なサービスを求めるから、働く側になった時に過度に働かなくてはならないという罠w。結局のところ、過度のサービスとクソ労働環境は表裏一体って事。サービスを提供する側とされる側が入れ替わりながら交互に首を絞め合う社会w。マジで誰が得すんの?って感じだな、これw。「仕事の神聖化」とか「奴隷型顧客満足第一主義」なんて美徳でもなんでもないんだから、程々で満足して早く楽になってくれよ、マジで。

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これは自分も常々感じていた。BtoCについては多くの人が経験があるはず。BtoBは自分もそんなに多くの経験はないが、顧客の要望にこたえるための深夜残業など、思い当たる節はいろいろある。

もちろん、「奴隷型顧客満足第一主義」を脱したときには、消費者として、発注者側として、仕事のパートナーとして、我慢しなければならないこともいろいろ増えるから、どっちがいいとは簡単にはいえない。もしかしたら、多くの日本人は、日本のサービス水準が下がったり、顧客との円滑な関係(?)がなくなるぐらいなら、自分の残業時間が減らなくてもいいからこれまでと同様に働き続けたい、と思っているかもしれないわけだし。だが、繰り返しになるが、この消費の安楽と労働のストレスのトレードオフは、きちんと認識されたほうがよいように思う。

では、こういう(個々人ではなく)社会全体としての消費の安寧と労働(時間?密度?)のトレードオフの話は経済学ではどのように扱っているのだろうか?

ミクロ経済学の部分均衡モデルの厚生分析では、CV(補償変分)とかEV(等価変分)とか消費者余剰と生産者余剰などの厚生概念はあっても、労働の効用・不効用はその中には直接的には含まれない。一般均衡分析では労働者の賃金率という価格を通じてうんぬんかんぬん...(ここまではベーシックだが、もう少し高度な話が続く)という話を、最近、お世話になっている経済学者の方から聞く機会があり、ちょっと考えたが、ボロがでそうなのでここでやめておく。

理論もそうだが、こういうネタを実証的に分析した論文はあるだろうか。

マクロ経済学だと、さらにいろいろな議論ができそうだが、どんな議論があるのだろう。

それにしても、自分も経済学をもう何年も勉強しているはずなのに、「サービスを提供する側とされる側が入れ替わりながら交互に首を絞め合う社会w」という現実を、よりクリアに経済学の言葉で説明する術を持たないのは哀しい。初歩的なゲーム理論とかで説明はできそうだが、だからどうなんだという気もしないでもない。周到な実証分析付きの研究ならば非常に面白そうだけど、どうやってやったらいいのか今は(ずっと?)検討もつかない。むしろ社会学政治学や労働政策論による説明・分析のほうが蓄積も説得力もありそうな気がする。歴史的に労働組合がどうたらこうたらで、労働環境がどうたらこうたら、といった類の。

ただの自分の不勉強かもしれないので、自分で研究する予定はないものの、もう少ししぶとくサーベイしてみたいとは思う。

追記1:コメント欄のJW氏のご指導および私のリプライを参照。ボロはすでに出ていた笑

追記2:ただ、最も基礎的なCV,EVっていうのは、他の価格を固定しておいて、一つの価格の変化による厚生変化を見るわけだから、一般均衡分析に拡張可能とはいえ、部分均衡分析にも含まれるといってもいいのだろうか。いくつかの教科書をちらりと見てみたが、よくわからない。最初にCVとEVの議論をしたのはヒックスの『価値と資本』らしいので邦訳の該当箇所を探してみて、たぶんそれは第二章の消費者需要・消費者余剰の議論のところだと思うのだが、ここは基本的にマーシャルの消費者余剰分析をベースに一財について考察しているっぽいので、部分均衡の話のような気もするのだが・・・。定義的な問題で、そんなに重要じゃないのかもしれないが。また、労働の効用不効用が基本的な厚生分析に含まれているというのは、確かに労働・余暇を含んだモデルで厚生分析を行うという演習問題が普通にでてくるし、最適課税論の議論とかでも普通に出てくるのでその通りのようだが、ただこれは上記エントリの社会全体としての「消費と労働のトレードオフ」とはやはり異なる。厚生分析や費用便益分析というのは、これまで経済学の中ではあまり魅力を感じない領域だったのできちんと研鑽したことがなかったが、今はそうもいってられないので、これを機にちゃんと勉強してみなければ。

追記3:ただ、当初はとある経済学者との会話ということから厚生分析について言及したが、この問題を考えるにあたっては必ずしも厚生分析を経由する必要はないかもしれない(所得税制や労働規制について考える場合はそうではないのだろうが)。とりあえず以下の実証研究などを出発点に、たまに息抜きがてら調べるといいかも。

大竹・奥平(2009)長時間労働の経済分析
http://www.kiser.or.jp/ja/others/pdf/01.pdf

追記4:まだちゃんと読んでないのでアレだが、上記大竹・奥平(2009)論文は、行動経済学的視点からの個表分析であるため、長時間労働の要因を個人的特性に帰着させるという仮説設定・実証分析になっているようだ(いくつかのダミー変数を除いて)。たとえば、日本の中でも「顧客の要求水準」が高い業界とそうでない業界を分けることができれば、何らかの個表データあるいは集計データからこの「首の絞めあい」仮説の検証が可能かもしれないが、そんなことはできるだろうか。

追記5:こんなのもあった。まさに「サービスを提供する側とされる側が入れ替わりながら交互に首を絞め合う社会w」を上品に指摘している。

働き方の日欧比較 〜海外駐在経験者等ヒアリングから見えてくるもの〜
http://www.esri.go.jp/jp/archive/hou/hou050/hou42_gairyaku3.pdf

顧客ニーズ対応のあり方
「仕事に手間ひまがかかる一因として日本の顧客の要求水準の高さがある。」―消費生活の利便性は高まるものの、支える労働生活は長時間労働というアンバランスな構図を変える必要。顧客とのコミュニケーションの下、真に必要なサービスの洗い直しが必要か。まずは、顧客に影響の及ばない社内資料等の扱いから。

追記6:過剰就業(オーバー・エンプロイメント)―非自発的な働きすぎの構造、要因と対策
http://www.rieti.go.jp/jp/publications/dp/08j051.pdf

【要旨】
本稿はオーバー・エンプロイメント(過剰就業)とアンダー・エンプロイメントの双方を含む就業時間のミスマッチについて、わが国に過剰就業が広範に存在していることをまず示した後、過剰就業とその要素である非自発的フルタイム就業と非自発的超過勤務についてその構造と要因を明らかにする。過剰就業は、希望就業時間以上に実際の就業時間があることで定義され、他の条件が同じなら実際の就業時間が多いほど、希望就業時間が少ないほど、また希望と実際の関連度が低いほど過剰就業が生まれやすいが、実際には相対的に希望就業時間の多いパート・臨時と比べた常勤者や、女性と比べた男性,の方に、希望就業時間の差の影響を上回る実際の就業時間差の影響があって、常勤者や男性の方が過剰就業になることを示し、また常勤者の場合は短時間勤務、男性の場合は残業なしのフルタイム勤務、といった特定の就業時間希望が、それぞれパート・臨時や女性と比べて特に実現しにくいことから過剰就業が生じることを示す。また時間的に柔軟な職場は過剰就業度を大きく減らすこと、管理職は他の職より過剰就業度が大きいこと、通勤時間が大きいことが非自発的フルタイム就業を増やしていること、男女の過剰就業度の差は、6歳未満の子を持つ場合に企業の性別による対応の違いにより、最大となること、などを示す。最後に今後のわが国における過剰就業の緩和への道筋について議論する