研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

「税制調査会専門家委員」の勢力図

税制調査会 専門家委員会 委員名簿
http://www.cao.go.jp/zei-cho/gijiroku/pdf/21zen27kai2.pdf

「私の数え方だと,専門家は1名」(田近氏かな?)という岩本康志氏のツイッターでのコメントはさすがに言いすぎだと思うが(こういう表現をすると、また経済学者嫌いの日本人が増えてしまう気も。。。)、11人の議員のうち、池上、井手、植田、大澤、関口の各氏はいずれも神野委員長に近しい人たち及び弟子筋の人たちとなっている。私の知る限り、池上氏、井手氏、関口氏はいずれも神野氏に近い「歴史分析」重視の財政学研究の人たちであり、大澤氏は社会政策学の出身。植田氏は環境経済学や財政学が専門で、「近代」経済学者の1人だが、わりと折衷的な研究アプローチなのではないだろうか。不勉強でよく知らないけれども。

そういう意味では、いわゆる「近代」経済学、しかも「公共経済学」のど真ん中の研究者は田近氏1人となっている。他は法学畑や商学畑の人たちのようだ。

これは去年の委員構成とは大幅に異なる委員構成である。

去年の専門委員名簿↓
http://www.cao.go.jp/zeicho/meibo/pdf/meiboc.pdf

去年の場合、沼尾氏のみが神野筋の「歴史分析」重視の財政学研究者で、藤谷氏と吉村氏は(調べたところ)法学畑、残りはみんな「近代」経済学者とくに公共・労働経済学者である。ただし小西氏は、もともとはバリバリの最適課税論の研究者であったが、その思想・研究アプローチからいって現在はどちらかというと神野氏らに近いポジションにいる。

さて、こんな一般人(というか経済学畑以外の人たち)には理解しがたい学閥を分類することにどんな意味があるかはよくわからないが、彼らの研究アプローチ・思想及びそこから導き出される政策提言は大きく異なる場合があるのは確かだ。専門委員の構成や提言が実際の税制改革に与える影響がいかほどのものなのかは分からないが(政権交代でさらに未知数になったともいえる)、注視しておくと面白いかもしれない。

個人的には、「歴史分析」派の財政学者と公共経済学者の対立(その顕著な例は金子勝氏だが、それに限らず特に「歴史分析」派にはうっすらと共有されている)は、半分くらいはマル系VS近経の過去の遺産を引きずっているだけだと思うのだが(東大では大学内のポストがどうとか、そういう切実な話もありそうだけど。ちなみに一橋にはそもそも前者に属する研究者は1人もいないと思う。京都はよく知らないが、京都の財政学にも独特の系列があるようだ。)、もちろん研究アプローチや得意分野も全然違うし、イデオロギーや思想の違い*1も大きい。

小西氏のような転向(?)組(というよりも独特なポジションに移行というべきか)もいるし、堀場勇夫氏のように「近経」サイドながらも神野氏と共著論文のある研究者もいるし、もう少し仲良く、そしてオープンに日本の未来について議論してもらえればと思うけど、いろいろと外からは窺い知れない大人の事情もあるのだろう。

完全にディレッタント的なエントリのようだが、自分や他人の思想的立場やイデオロギーを相対化・客観視するためには、意外と大事な話だと思っている。経済学では、そういう訓練を受ける機会は提供されないし。

ちなみに、いきなり話が飛ぶようだけど、(例えば財政・社会保障分野に限定すると)「近代」経済学、「歴史分析」財政学、社会政策論(福祉国家研究)などがお互い仲良くなってためには、近年少しずつ進んでいると思うけれども、後者二つの研究文化(教育体制や査読ジャーナル文化など)がやや前者に近づくことが必要だと思う(ただし近づきすぎなくてもいいと思う)。後者二つは、近年はけっこう変わってきているようだが、日本ではまだまだ近しい研究者が集まっての共同出版などが多い印象だ。しかし国際的には、とくに社会政策論や福祉国家研究は、経済学と同様の査読ジャーナル文化がすっかり根付いている(よくは知らないが、この分野での日本人研究者の国際的活躍はかなり遅れている印象。ここらへんは、委員長の神野氏もよく参照する租税研究で有名なスタインモ氏の下でこのたび政治社会学博士学を取得したid:thiedaさんに聞いて見たいところ。おめでとうございます!)。それで失われる研究文化もあるかもしれないが、学際的研究はこっちのほうがやりやすいだろうし、コネによる共同出版よりもオープンな査読ジャーナルのほうが研究の質向上に資すると思う。

まぁこんな場末ブログでえらそうに指摘されなくても、そういう問題意識を持っている人たちは内部にも多いと思うけど。

社会科学の目的の一つが、短中長期的に社会の発展に資することだとするならば(ナイーブすぎるという批判はなしで)、日本の未来のためにも、非生産的な対立・中傷は極力少なくし、オープンに学内的・学際的議論を交わせる環境がもっと整うといいなと切に願う。



参考エントリ:
3年半前なのに、異様に煽っている。今じゃ絶対書けないし書かないだろうなぁ。ちなみにこの分類でいくと、神野筋の人たちは「非主流派財政学」、大澤氏は(やや大雑把にいうと)「福祉国家論」、田近氏は「経済学」ということになる。

日本の左翼は何を学べばよいのか。
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20061016

*1:追記:よく実証系の社会科学者とりわけ経済学者は、「イデオロギーではなく理論や実証分析に基づいた政策立案を」と言う。私ももちろんその立場なのだが、ちょっと考えれば、そんなに単純ではない。そもそも実証分析の結論部分に記述されることが多い「実証分析からのインプリケーション」に著者の思想的傾向が明に暗に反映されていることはよくあることだし、そうでないとしても、実証分析に基づいた政策立案なるものと選挙・社会運動・ロビイング・コーポラティズム等から導き出される政策立案が異なることはよくあることだし、この場合どこらへんの落としどころが好ましいと考えるかは個々人のキャラやイデオロギーによって異なってくる。もちろん、政策立案において問答無用で参照したほうが好ましい経験的事実があるのは確かだと思うが、多くの理論や実証分析から導き出される「政策的インプリケーション」はそう単純に好ましいと言い切れるものではないと思う。