研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

地方分権と社会保障について

財政制度等審議会財政制度分科会 平成22年10月13日(水)
地域主権改革と地方財政
http://www.mof.go.jp/singikai/zaiseseido/siryou/zaiseia/zaiseia221013.htm

いろんな意味で気合の入った財務省資料がいろいろ入っていた。

地方財政社会保障という観点から言えば、資料1「地方財政の現状」PDF4とか。

http://www.mof.go.jp/singikai/zaiseseido/siryou/zaiseia/zaiseia221013/01_4.pdf

例えばこのPDF4の3ページ、4ページ目はこんな感じ。


「事情が異なる」とはなかなか意味深な言い方だ。「制度として確立・定着した経費とは必ずしも言えないもの」が「喫緊の課題である国の年金・医療・介護等の社会保障給付」の一部になることは今後ありえないということだろうか。歴史的にみれば、多くの「喫緊である国の社会保障給付」は、もともとすべて「必然的に増加する経費や制度として確立・定着した経費」ではなかったのであるが。

井伊氏の資料2「地域主権型の地方財政についての提言」は、引用文献からもわかるように、日本のメインストリームの公共経済学者の提言内容と重なる部分が多い。簡単に要約すると「地方の事務事業に対する国の関与の見直しとそれに伴う地方交付税の財政調整機能への特化・透明性の向上」(ここがコアです)+「課税自主権の拡大」(井伊氏は地方消費税ではなく住民自治になじむ個人住民税と固定資産税を基幹税として支持)+「ひもつき補助金の一括交付金化」+「起債自主権の確立」とのこと。

私は地方分権に対する自分の立場を決めあぐねている。もう何年も前から、一方で中央集権的な社会保障サービスの融通の利かなさと非効率さを呪う声を聞き、一方で激しい地域間格差自治体格差・自治体の意識の低さに対する批判を聞いている。日本の地方自治の後進性を考慮しつつ、中央集権と地方分権のバランスをどうしていくべきか、なかなか上手くイメージができない。

最近ツイッターで、自分の立場として以下のように書いた。(一部編集済み)

(障害者、難病、高齢者、社会福祉分野の施策を財源・運用ともに厚労省自治体に完全に丸投げしていることが、信じがたい自治体間格差、諸問題の根本的な原因のひとつである気がする。』というつぶやきに対して、)

一方で、日本の地方財政社会保障地方交付税と全国レベルの法令によってそれなりに平準化されているのも事実である。地方所得税主体(日本でいう住民税)のスウェーデンと比べても、(全体をみれば)介護や障害者施策は財源も運用も「丸投げ」ということはなく、むしろ細かく規定されている。

もちろん、地方交付税は交付団体間・交付/不交付団体間の財政的地域間格差を残す仕組みとなっているため、自治体の意識格差も手伝って、各種公共サービスにそれなりの地域間格差があるのも事実。そして障害者政策・難病政策などのマージナルな領域ほど、その傾向は強いと思われる。

ちなみに、日本の親北欧の左派財政学者と、多くの主流派公共経済学者は、地方交付税のあり方に関して大きく異なる見解を持ちつつも、両者ともに財源と裁量の地方分権化を支持している。

そしておそらく今の日本では、親北欧の左派財政学者の言うとおりに分権化しても、主流派公共経済学者の言うとおりに分権化しても、マージナルな領域の社会保障ほど、地域間格差は拡大する。

おそらく、それが肌感覚でわかっているからこそ、障害者団体などは社会保障地方分権化に反対するし、国庫補助金(特定補助金)の一般財源化(地方交付税基準財政需要額への反映)にも反対する。

(分権化が格差を広げるとしたら、具体的にはどうすれば良いか?というコメントに対して)私の今の立場は次のようなものである。

1.国の関与する事務事業の見直し・緩和を進めるにしても、地方交付税の持つ財政力格差是正効果を軽視せず、これを維持する。(制度のファインチューニングや弊害除去、税源移譲は必要だが、それによる財政力格差の拡大は避ける)

2.育児や介護施策で自治体の権限・裁量を増やす場合でも、アウトカムの全国レベルでの比較を行える体制を整備し(全国比較可能な形でのデータ開示を自治体に義務付ける)、水準が低い自治体に対する国の勧告・警告が行えるようにし、住民もそれを根拠に自治体に施策充実を訴えられるようにする。

3.一定以上の財政負担を自治体に要求する社会保障の財源は国レベルで保障する(重度障害者の介護保障や難病などを含む。

しかしここで、2はどんな制度下でも重要なことだと思うが、1と3はわりとずるい原則論のみで、細かい制度の詰め方次第ではどうとでも転がるようなことしか書いていない。正直いうと、ここから先の議論を展開するには、手持ちの経済学理論や計量分析だけでは対応できないし、今後どれだけそれらの理論や分析が(個人的にor学界的に)洗練されてもその事実は変わらないと思う。(もちろん、それでも有益だと思っているからこそ、またそれなりの労力をかけて経済学をやっているのだが)

月並みだが、様々な現場の声を聞き、日本の地方自治の現状をつぶさに観察し、その中で是々非々で判断すべしとしか言えない。ただ現時点での感想を率直に言えば、地方分権論者は、右派にせよ左派にせよ、日本の地方自治の危うさや後進性を甘く見すぎているのではないかと思っている。

「福祉と分権の国」のここスウェーデンがどう上手く福祉と分権を両立しているのかは断片的にしかわからないが、おそらく目に見える制度や仕組みだけでなく、国や国民の持っている「ソフト」部分が大きく異なる。左派分権論者である神野直彦氏などは、それも分かった上で日本に地方分権社会を根付かせたいと思っていると思うし、その理念には私も共感するが、その予想される移行コストの大きさを前に、たじろがずにはいられない。

この問題は、本当に、もう少し真剣に考えなくてはならない。

追記:こんなのもでてた。

財政制度等審議会における議論に対する意見
全国知事会地方交付税問題小委員会
委員長井戸敏三
http://www.nga.gr.jp/news/20101018iken-zaiseitoushingi.pdf