研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

後藤基行(2019)『日本の精神科入院の歴史構造 社会防衛・治療・社会福祉』

社会学修士時代の同期・友人であり、共同研究者である後藤基行氏による単著『本の精神科入院の歴史構造 社会防衛・治療・社会福祉』がついに発刊となった。 

日本の精神科入院の歴史構造: 社会防衛・治療・社会福祉

日本の精神科入院の歴史構造: 社会防衛・治療・社会福祉

 

各章の構成は以下のとおりであり、5章、6章には私との共同研究の成果も盛り込まれている。

序章
第1章 私宅監置と公的監置――戦前の社会防衛型
第2章 短期入院の私費患者――戦前の治療型
第3章 貧困患者の公費収容――戦前の社会福祉
第4章 戦前における公費での病床供給システム
第5章 戦後における精神病床入院の3類型の展開
第6章 生活保護法による医療扶助入院――戦後の社会福祉
終章 

後藤氏の指導教官である猪飼周平氏も述べているように、本書は「近代日本における精神医療史の通説的理解を大幅に改訂する内容」であり、これまでの精神医療政策史研究のパラダイムの更新を図るものである。

猪飼 周平 - 後藤基行さんは、私の研究室から出た最初の博士号取得者。私を指導教員とするという交通事故のような事態を見... | Facebook

 本書のモチーフは、副題にあるように、精神科入院の戦前から現代にまで至る展開を、「社会防衛、治療、社会福祉」という3類型に基づいて実証的に検証するというものである。この研究が、なぜ上記の猪飼氏の指摘にあるように「近代日本における精神医療史の通説的理解を大幅に改訂する内容」であるのか。これを理解するためには、

従来の先行研究では、私宅監置(座敷牢)や措置入院に象徴されるような日本の精神医療が根底に抱える公安主義と、精神病床が民間病院によって多く所有されていることに伴う営利主義が、現在のような大規模入院を招いたという考え方が長らく主流となってきた(本書p.9 強調は安藤による)

 ことを踏まえる必要がある。

従来の先行研究のみならず、メディアの報道やドキュメンタリーなどにおいても、精神病床の長期入院はこのようなパラダイム歴史観の下で報道されることが多い。例えば、少し前に話題になったNHKドキュメンタリーのETV特集「長すぎた入院 精神医療・知られざる実態」も、このような「公安主義と営利主義」(とりわけ前者に基づく「隔離収容的な長期入院」という理解)の歴史観に色濃く影響されている。

 

togetter.com


本書は、このような精神科入院の通説的理解をまるごと「くつがえす」ものではない。しかし、例えば財源別に戦前からの精神病床入院の規模を辿ると分かるように、精神病床入院におけるこのような歴史観、すなわち「戦前の私宅監置から戦後の措置入院・強制入院へと至る、<社会防衛>のための隔離収容政策としての精神科入院」という歴史観は、精神科入院の歴史の重要な一側面ではあっても、全てではない。

本書は、<社会防衛>を中心としたこれまでの「単線的」な精神科入院の歴史観を、<社会防衛>、<治療>、<社会福祉>という3つの観点から「複線化」することを提唱する。そして、この3類型の観点からみた精神科入院の歴史を、統計や一次資料を駆使して実証的に検証する。1~4章までは戦前を、5章と6章は戦後を扱っている。

戦後の精神医療政策に関する部分について、とりわけ後藤氏が着目するのは、戦後の精神科入院における<社会福祉>的側面である。これは、戦後の精神科入院において生活保護法の医療扶助入院が果たした役割に着目したものであり、本書では第5章、第6章、そして終章で議論されている。この戦後の精神科入院における医療扶助入院の重要性についての実証的検証については、私自身も共同研究者としてコミットした部分のため、その妥当性の評価は読者に委ねる。

最後に、上記のような「複線的」な精神科入院の歴史理解、とりわけ医療扶助入院の役割に着目する著者から見た、現代の精神医療政策についての記述を抜粋する。今後の精神医療政策研究や精神医療政策に対する重要な含意のある記述である。

また、しばしば世論の攻撃対象となりやすい生活保護予算であるが、精神病床入院へ投入されてきた莫大な公費が政治的、かつ社会的に問題化されたことはほぼなかったことについても着目するべきである。なぜなら、こと精神障害者のケアに関しては、公費をもって家族のケア責任を病院に積極的に代替させる道を受容したと解釈できるからである。

 

以上のことは、精神障害者本人と同様、あるいはそれ以上に、「家族の救済」のためにも多額の公費支出が正当化されてきたようにみえる。戦後日本社会に現出した大規模な精神科入院と長期在院とは、表面的には精神医療や病院、疾病の問題でありながら、最も本質においては、精神障害者を世帯から病院に移すことで家族を長期にわたるケア義務やスティグマから解放し、それにより残余の家族の維持を図る意味も込められていたと考察できるのである。

 

そのため、実は、日本の大規模精神病床数と長期入院の問題は、国際的標準からの乖離を批判すればよいというほど単純なものではない。家族に世帯内の精神障害者のケアを強く課す社会において、患者の長期入院が家族にとっての救済となる側面を無視できないからである。

 

もし、社会福祉型の機能をそぎ落としていき在院期間の短い治療型の病床への転換をこれまで以上に推進するのであれば、社会福祉型の病床がもっていた機能が、地域で十分に代替されなければならない。そして、この際に、ケア義務のベクトルを、病院から家族に振り向けなおし、そのサポートをするという方向は、歴史を振り返った時にリスキーなものであろう。

 

以上のように、戦後日本において展開してきた精神医療をめぐる精神病床供給・精神科入院の構造は、まさにこうした日本社会における倫理的規範や制度的義務をめぐる家族の内部の力学を無視しては説明できないように思われる。しかしながら、終章に示したこうした論点は、本書によっては実証性のレベルでまだ明言できるようなものではなく、あくまでそうした解釈の蓋然性が高くそれを基に議論を展開できるという段階である。これらのことについては、筆者の今度の課題としたい。(終章 p.181-182 強調は安藤による)

 

なお、本書の下となった後藤氏の博士論文と初出論文一覧は以下のとおりであるが、全体的に大幅な改定がなされ、部分的参照のみの論文もある。興味のある方は、ぜひ本と論文を合わせて御覧頂きたい。

●後藤基行(2015)『日本における精神病床入院の研究 3類型の制度形成と財政的変遷』(博士論文、全文あり)

HERMES-IR : Research & Education Resources: 日本における精神病床入院の研究 : 3類型の制度形成と財政的変遷

●後藤基行(2012)「戦前期日本における精神病者の公的監置 : 精神病者監護法下の患者処遇」『精神医学史研究』

CiNii 論文 -  戦前期日本における精神病者の公的監置 : 精神病者監護法下の患者処遇

●後藤基行(2012)「戦前期日本における私立精神病院の発展と公費監置 : 「精神病者監護法」「精神病院法」下の病床供給システム」『社会経済史学』(全文あり)

戦前期日本における私立精神病院の発展と公費監置 : 「精神病者監護法」「精神病院法」下の病床供給システム

●後藤基行(2011) 「日本におけるハンセン病「絶対隔離」 政策成立の社会経済的背景:——戦前期統計からの考察——」『年報社会学論集』(全文あり)

https://www.jstage.jst.go.jp/article/kantoh/2011/24/2011_97/_article

●安藤道人・後藤基行(2014)「精神病床入院体系における3類型の成立と展開――制度形成と財政的変遷の歴史分析」『医療経済研究』(全文あり)

https://www.ihep.jp/publications/study/search.php?dl=108 (雑誌全体版)

https://sites.google.com/site/backupmichihitoando/Ando_Goto_2014_Seishin_draft.pdf (論文単体)

●後藤基行・安藤道人(2015)精神衛生法下における同意入院・医療扶助入院の研究:神奈川県立公文書館所蔵一次行政文書の分析」『季刊家計経済研究』(全文あり) 

http://kakeiken.org/journal/jjrhe/108/108_07.pdf