研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

 「再帰的家族」に我々はどこまで期待できるのか。

■結論。(1)社会は例外なく、感情的安全を保障し、それによって「子供の社会化」や「成人のパーソナリティ安定化」を果たす非流動的な場を必要とする。(2)「典型家族」がそれを提供できなくなった今日、「変形家族」にそうした場の供給を期待する以外あり得ない。
■かつて存在した家族形態と、どんなに違って見えようとも、感情的安全を保障できるような非流動的な場──それ故に「子供の社会化機能」と「成人のパーソナリティ安定化」機能を果たし得るような場──である限り、それを健全な家族そのものだと見做す他ない。
■即ち、「自明な家族から、再帰的な家族へ」──。

宮台真司「戦後家族の空洞化への処方箋」より引用
http://www.miyadai.com/index.php?itemid=151&catid=4
これは宮台真司が、機能主義社会学の立場から戦後家族史を考察した文章から引用したもの。宮台真司は、いろんなものをバサバサ図式化、抽象化、一般化し、「ちょ、ちょっとまってくれよ!」と思うこともあるけど、とりあえず頭のとってもいい人だと思う。文章のまとめかたも整然としていて読みやすく、この文章もすべての段落がきっちり三行でまとめられている。見習わなければ・・・。

この文章で彼はどういうことを言っているかというと、戦後の「専業主婦のいる核家族」を、

(1)生産や交換の領域とは分離された消費の領域
(2)匿名圏とは区別された親密圏の領域
(3)非親族を排除したコミュニケーション領域

という「私領域への閉じ」であったとし、

(4)幼少期の子供にとって「重要な他者」を提供する専らの場(第一次社会化)
(5)男は職業労働・女は家事と育児という役割分担(性別役割分業)
(6)家事・出産・育児という「不払い労働」のアナロジーによる、家庭内の病人や老人の介助の場(保険福祉機能)
(7)専業主婦に割り当てられた家事・育児・介助の「ケア労働」のアナロジーで、感情的安全を提供する場(情緒安定化機能)

という諸機能を有していたという。そして、機能主義的な家族社会学創始者パーソンズは市場化や行政化による肩代わりで核家族の機能が縮小しても、(4)の「子供の社会化機能」と(7)の「成人のパーソナリティ安定化機能」は残ると考えたが、宮台氏によると、「核家族は、専業主婦の激減、市場や行政のサービス拡充やテレビ以降のメディアの進入(コンビニ化&情報化)でこれらニ機能も担えなくなった。」

そして、次のように述べている。

■だからネオリベ的批判は重要ではない。重要な問題は、まず(4)〜(7)等の諸機能の内で、市場化・行政化が困難なものがどれだけあるかであり、次に(1)〜(3)の私領域化の諸側面の内、どれを緩和すれば、行政化・市場化されない私領域が、問題の諸機能を担えるかだ。
■こう問題を立てると、(4)〜(7)で「専業主婦のいる核家族」が全面的に担わないと社会システムが回らないものは、一つもない。この内、行政移転が不適切に思われるのは、パーソンズの挙げた(4)と(7)。これらは「核家族に限らない私領域」で対処するのが適切だ。
■即ち「子供の社会化」と「成人のパーソナリティ安定化」については、それがたとえ典型的な核家族の形でなくても、公領域──市場や組織──ならざる何らかの私領域が担い続けるだろうという点では、パーソンズの想定は的中していると見ることができるだろう。

そして戦後日本の「専業主婦のいる核家族」の歴史を「郊外化」の歴史に絡めて紹介した後、冒頭で引用した結論を導くのだった。うーむなるほど。本当は、機能主義的分析の有用性と限界性という視点からざっくり考えたいところだけど、今はそんな能力はないので、ちょっと雑感をメモしておこう。

第一の雑感。誰もが思うだろうことは、「変形家族」=「再帰的な家族」が本当に「感情的安全を保障される流動性の低い場」となり、(4)と(7)の機能を担えるのか、ということである。彼は昔、「第四空間」にこれらの機能(の一部)を期待していたが、結局「流動性の高い『第四空間』に期待するのは、到底無理だと思うようになった」と反省している。(ちなみに私は、「第四空間」という機能主義的な概念自体に、検討すべき限界性があると考えている。それが機能主義そのものに内在する限界性なのか、それとも宮台真司の方法論に内在する限界性なのか、それとも私がうっすらと感じている限界性がそもそも誤りなのか、ヒマがあったらお勉強したいと思う。)

確かに、「第四空間」に比べたら「変形家族」の流動性のほうが低そうである。でもどうなんですかね?10年後に再び、「流動性の高い『変形家族』に期待するのは、到底無理だと思うようになった」なんていうことにはなりはしないですかね?

でも軽く書いてしまったけど、宮台真司は本当に難問に取り組んでいるんだと思う。私の周りにも、やはり不安定な人たちがいる。そして、そこまで極端ではなくても、今の世の中の流動性の高さ、裏返せば「感情的安全を保障される流動性の低い場」のなさ/少なさ/不安定さに漠然とした不安感や不全感を抱いている人はもっとたくさんいると思う。

そしてそのような事態が社会病理として問題にされ、なんとかしなければいけないと当事者たちや多くの人が考えるのならば、誰かがなんらかの処方箋をださなければならない。んで、社会学宮台真司はなんとかそれに答えようと、「第四空間」だ、いや「変形家族」だ、とメッセージを発しているわけだ。

つまり、家族だとか親密圏だとか、そういう領域をどう考えるかというお話。難しいけど、大切な話だと思う。ガンガレ宮台!

ちょっと話がそれてしまったが、とにかく私は、「変形家族」=「再帰的家族」の実証的なデータが欲しい。それらは(4)と(7)の機能を、どの程度本当に担い得るのか?自分で集めるべきなんですかね。

第二の雑感。家族を含む社会全体の流動性が増してきているという極めて近代的な現象のメカニズム自体(その帰結ではなく)を、機能主義や社会システム理論、そしてその他の社会(科)学はどのように説明しているのか?だれかいい文献を教えてほしい。ってこれはあまりにベーシックな疑問であり、人に聞くものではないかも。