研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

反資本主義運動と情報の非対称性

上の文章を少し中和しよ。

フェアトレード・反ナイキ運動・反スタバ運動など、新しい消費者運動がさかんになってきたと言われる。これらの運動は、よく反資本主義運動と思われているが、私はそうは思わない。というのも、これらの運動の目指すところは、少なくとも現実的戦略においては、経済学でいう「情報の非対称性」の発想で説明可能だからである。
まず、情報の非対称性について、経済学の教科書でどのようなことが書いてあるかを確認しよう。分かっている人は飛ばしてもいいけれど。ただし、私の経済学についてよく分かっているわけではないし、これらの教科書を熟読したわけではないので、間違いがあるかもしれない。

But if information about quality is costly to obtain, then it is no longer plausible that buyers and sellers have the same information about goods involved in transactions. There are certanily many markets in the real world in which it may be very costly or even iompossible to gain accurate information about the quality of the goods being sold.

Hal R. Varian(2003) Intermediate Microeconomics, p.667

Producers of high-quality products would generally like to be known as such, but producers of low-quality products would also like to acquire a reputation for high-quality. Hence, studies of behavior under asymmetric information necessarily involve strategic interaction of agents.

Hal R. Varian(1992) Microeconomic Analysis, p.440

私達は、通常の買い物を行うとき、さまざまな情報に基づいて商品を買う。例えば、バックを買うときには、バックの値段、質、大きさ、丈夫さ、使いやすさ、デザイン、ブランド力など、さまざまな要素を考慮して、どのバックを買うかを判断する。

経済学的にいえば、この「さまざまな要素」とは、消費者の効用判断の情報的基礎である。例えば通常の二財(x,y)モデルでは、消費者の効用関数はU(x,y)と与えられるわけだが、「さまざまな要素」は、同量のx-y間の選好順序や、xやyをより多く(少なく)得るときの効用の増減の幅を決定する。

そして、フェアトレードなどの消費者運動は、消費者の「効用判断の情報的基礎」に「労働者の労働環境」を組み込んでいき、それを消費者に訴える運動だと考えることができる。

さらに反スタバや反ナイキ運動などの反多国籍企業運動は、企業に向かって「消費者の効用判断に、どんどん労働者の労働環境を組み込んでいくぞ。おまえらそこらへんをおろそかにしていると、消費者が商品を買ってくれなくなっちゃうぞ。困るだろ。だから労働環境よくしろよ」と脅していく運動でもある。

つまり、中古車市場において、中古車の故障しやすさなどについての情報が消費者にはきちんと与えられないという「情報の非対称性」が存在するのと同様に、消費財市場においては、生産現場の労働者についての情報が消費者にはきちんと与えられないという「情報の非対称性」が存在する。

近年の消費者運動は、まさにこの「情報の非対称性」に着目して、このような「情報」を消費者に届けることによって、消費者の選択や企業行動に影響を与えようとする運動と考えることができる。鶴見良行の著述活動もこの系譜だろう。

そして、このような消費者運動に直面した企業側は、CSR(Corporate Social Responsibility)などによってそれに対応しようとする。

*ちなみにCSRについてはこちら。

・『経営戦略としての企業の『社会的責任」』
http://www.nri.co.jp/opinion/chitekishisan/2003/pdf/cs20030906.pdf
NGOの反ナイキ運動についても触れられている論文。

・『「攻めの経営戦略」としてのCSR
http://bizplus.nikkei.co.jp/genre/soumu/rensai/index.cfm?i=s_nricsr14
上記論文をもとネタにした考えられる連載。

こうみると、消費者運動とその後の一連の流れは、反資本主義的というより資本主義的ともいえる。資本側の主張する消費者主権を逆手にとって、消費者主権を徹底することによって消費者の選択に影響を与え、さらにそれによって資本の行動に影響を与えているのだ。

ただし、フェアトレードは少し違うかもしれない。フェアトレードは別に大企業の行動に影響を与えることを直接の目的にはしていないようだ。ある種のオルターナティブマーケットを創出しようとしているのだ。しかし少なくとも、フェアトレードが消費者主義的であることは普通の企業と同じである。

これを理解するには、大手ウェアトレード団体であるフェアトレードカンパニーやオックスファムのウェブサイトを見ればわかる。
http://www.peopletree.co.jp/
http://www.oxfam.org.uk/what_we_do/fairtrade/index.htm

ところどころに張られた、現地労働者の笑顔の写真の数々。生産現場についての情報。これはマーケティングの手法の一つである。商品の付加価値として、これらのものを消費者に提供している。

このような写真や現場の情報を得ることによって、消費者は、フェアトレード商品を買うことに満足感、すなわち効用を感じることができる。だからこそ、より高い価格でも、消費者は満足して商品を買っていくのである。

既存の市場に対抗するには、当たり前の戦略だろう。多くの消費者を既存の市場からフェアトレード市場にひっぱってくるには、徹底した消費者主義を貫くしかないのだから。

もちろん、消費者主義だけでは限界がある。金がある程度あって貧困に興味のある人たちならともかく、貧乏人や貧困にまったく興味のない人達の「効用判断の情報的基礎」には、どんなに頑張っても「労働者の労働環境」が組み込まれない可能性が高いからだ。

そのときはどうするのか?マーケティング戦略をさらに鍛え上げてなんとかフェアトレードファンを増やすのか、フェアトレードを既存の市場に組み込んでいくようなロビー活動をするのか。まぁ不勉強がばれるのでこのくらいで妄想はやめにしておこう。だれかいい情報や文献もってたら教えて下さい。

オチと結論はなしで。