研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

メーデー雑感+加藤淳子(2003)『逆進的租税と福祉国家』

昨日、吉祥寺の美容院に髪切りにいったら、全労連系のメーデーのデモ行進に出くわした。(写真) トリは当然(?)共産党で、多摩地区の議員さんもいた。

全労連
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A8%E5%9B%BD%E5%8A%B4%E5%83%8D%E7%B5%84%E5%90%88%E7%B7%8F%E9%80%A3%E5%90%88

メーデー
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%BC

憲法9条、教育基本法格差社会社会保障、消費税増税,労働環境改善などについてシュプレヒコールをやってた。一般的に、美容師さんたちは労働組合もなく労働条件もよくない。組合を結成してデモに参加したら、といったら苦笑いしてた。

デモに話を戻すと、税・社会保障に関しては、当然のように、社会保障の拡充と消費税増税反対を叫んでいた。

ということで、以前、ある研究会で使った加藤淳子の"Regressive taxation and the welfare state"(逆進的租税と福祉国家)という本の要約レジュメを転載する(計量モデルはコピペできないので省略)。

この本は、一言でいえば、「消費税(付加価値税:VAT)などの逆進的租税の早期の導入こそが、福祉国家の拡大・維持に貢献した」という内容。第一章の計量分析のモデル・分析手法・結論には疑問符がつくし、事例研究の国の選び方が恣意的なことなどの問題点があると思うが、「逆進的租税の早期に導入こそが、福祉国家の拡大・維持に貢献した」というテーゼ自体は興味深いし、彼女が着目した逆進的租税と社会保障給付の関係性は、(特に再分配といえば累進課税にばかりに関心が向きがちな日本の左派には)もっと注目されるべきだと思う。

Regressive Taxation and the Welfare State: Path Dependence and Policy Diffusion (Cambridge Studies in Comparative Politics)

Regressive Taxation and the Welfare State: Path Dependence and Policy Diffusion (Cambridge Studies in Comparative Politics)

以下転載
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

Junko Kato(2003) ”Regressive Taxation and the Welfare State: Path Dependance and Policy Diffusion”Cambridge University Press

問題提起
 近年の日本の厳しい財政状況の要因には所説あるが、日本の税収構造の脆弱性がその一因であることは財政の専門家の中では一定のコンセンサスが得られているといってよいであろう。そのような状況において、近い将来の増税は、右派、左派を問わず多くの財政学者や政治家に当然視されており、特にさかんに議論されているのは消費税の増税である。
 標準的な経済学理論においては、一般消費税は、累進所得税に比べると経済活動を歪めない効率的な課税とされており、日本での「直間比率の是正」論でも同様の主張がなされた。一方、再分配を重視する左派からは、消費税の逆進性を問題視し、所得税の累進性の強化を求める声が強い。
 しかし、先進的「福祉国家」と呼ばれる北欧諸国において、「逆進的」といわれる消費税率が非常に高いことはよく知られており、所得税の累進性もさほど高くないことが指摘されることもある(例えば、スウェーデンでは地方所得税は比例税である)。(*ちなみに日本も、最近の所得税・住民税改革で神野直彦案が採用され、住民税は10%の比例税となった。)
 本書において著者は、「経路依存性」の概念を用いて、この「福祉国家の豊かな所得再分配のための福祉は、逆進的消費税によって賄われている」というパラドックスに答えようと試みている。近年の日本の税制改革や社会保障改革と深い関連を持つ興味深い文献であり、「財政の歴史分析」というテーマにもふさわしいと考えられる。
 なお、この本の要約とも言える論文として、加藤淳子(2002)「福祉国家の税収構造の比較研究――財政基盤の形成に見る経路依存性」(武智秀之編(2002)『福祉国家のガヴァナンス』ミルネヴァ書房、第一章)がある。同内容の論文は
http://www.ier.hit-u.ac.jp/pie/Japanese/discussionpaper/dp2001/dp40/text.pdf
で入手可能。

本書の構成と内容
1. 経路依存性と逆進的租税の伝播
2. ヨーロッパにおける逆進的租税と福祉国家スウェーデン、イギリス、フランス
3. オセアニアと北米における逆進的租税と福祉国家アメリア、カナダ、ニュージーランド、オーストラリア
4. 新興工業国、日本、韓国における逆進的租税と福祉国家
5. 福祉国家財政の政治的基礎

書の特徴(冒頭のサマリーを参考に)
 政治経済学者は、福祉国家の巨大な公共支出の原因を、左派政党の支配と労働勢力の影響に帰してきた。しかし、政府の規模が右派左派の間の政策の相違の最も重要な論点であったにもかかわらず、歳入構造の形成過程についての研究は探求されてこなかった。本書は、各国の租税収入構造の違いは、逆進的租税への移行における経路依存性によるものだと主張する。高度成長期に導入された逆進的租税の効果的な歳入調達の制度化は、1980年代以降の福祉国家の後退に対する抵抗要因になった。本書は、成熟した福祉国家においては累進課税が巨額の公共支出と結びついてきたという従来の知見に対する挑戦であり、福祉国家論で支配的な政党政治の党派性を軸とした説明方法に修正を加えるものである。

1.Argument: path dependency and the diffusion of a regressive tax
1980年代の所得税法人税、消費税改革(p14)
・ 1970年代のインフレは、所得課税のブラケットの上方移動を引き起こし、その修正や控除のために課税ベースの浸食や課税制度の複雑化が進んだ。そのため、1980年代から、所得課税の複雑性や非効率性を解消するために累進課税の簡素化や課税ベースの拡大が図られた。
・ 経済活動のグローバル化に伴って、高い法人税は資本逃避を引き起こす可能性が生じた。そのため、法人税の減税と課税ベースの拡大が進んだ。
・ 歳入構造において、所得税法人税から消費税への移行が進んだ。

税収における逆進的租税の割合
Messere(1998)によると、税収の高い国は逆進的租税(所得税(VAT)と社会保険料)に相対的に大きく依存し(累進課税も高い水準を維持)、税収の低い国は相対的に逆進的課税に小さく依存するようになった。

経路依存性(p18~)
・ 比較政治学における経路依存性→歴史的な連続性を分析する際に、用いることができる事例が少ないのに、コントロールすべき変数が多すぎるというsmall-N問題への対処のため。
・ 経済学における経路依存性→不可逆的な技術の伝播を扱う
・ 「なぜ、逆進的租税はある国家で普及し、ある国では普及しないのか?」という政策の伝播について考察するために経済学的な経路依存性の概念を応用し、「経路依存の結果としての政策の伝播」について分析する。

5つのproposition(p22)

1. 社会保障支出の歳出圧力について
現代福祉国家では、社会保障支出はもっとも重要な歳出圧力である。

2. 歳入獲得能力と財政危機について
慢性的財政支出の際には、政府の歳入獲得能力が0公共支出水準の維持に貢献する。

3. 税制改革について
新しい税制の導入は、既存の租税の税率を上げるよりも、国民の理解を得るために多くの行政コストと時間を必要とする。

4. 政策代替案としての逆進的租税について
累進所得税からの十分な歳入確保が困難となった際には、消費に対する逆進的租税は重要な代替案である。

5. 所得再分配への租税効果について
逆進的租税への歳入依存の移行は、必ずしも、さらなる所得の不平等を意味しない。


仮説(p24)
確かな歳入獲得能力(*1)が早期(*2)に制度化された福祉国家は、1980年代以降に起こっている財政危機に抵抗して、社会保障支出を維持・拡大する傾向がある。

*1.付加価値税(VAT)の歳入獲得能力の高さを考えると、付加価値税を国の歳入獲得能力の適切な指標とみなすことができる(p27)

*2.ここで「早期」とは、戦後の高度成長が1970代初頭の世界規模の不景気によって終了する前の時期を指し、「後期」とは、1980年代半ば以降、福祉国家へのバックラッシュが生じた後の時期を指す。

三つのヴァリエーション(p28~)
グループ1:慢性的財政赤字になる前に付加価値税を導入した国々
グループ2:慢性的財政赤字問題が顕在化した後に付加価値税を導入した/しようとした国々
グループ3:新興産業国

計量分析(p34~)
・租税国家と福祉国家の相関関係が、政党政治、経済のグローバリゼーション、地理的要因といった他の要因による見せかけ(spurious)のものではないことをいかに示すことができるか?これらの政治的、経済的変数をコントロールした上で、社会保障支出と逆進的一般消費税への依存との間の相関関係を検証する。

・時系列とクロスセクションの含むパネルデータを用いた変量(ランダム)効果モデルを用いる。政治経済学的な分析では、時系列データとは無関係な各国特有の独立変数(国特有の政治制度や地政学的状況のダミー変数など)を用いるため、固定効果モデルではなくて変量効果モデルを用いる。

・ また、この計量分析の焦点は社会保障支出と逆進的租税(一般消費税)への依存との間の相関関係である。社会保障支出と租税収入両方に相関がある変数を含めると、同時性の問題が生じるため、ここでは(二段階最小二乗法を用いた)操作変数法を用いる。第一段階の回帰で社会保障支出水準を推定し、第二段階の回帰で一般消費税への歳入依存度を推定する。第二段階の回帰分析において、第一段階で得られた社会保障保障支出水準の理論値が独立変数として含まれる。

第一段階の回帰モデル
(省略)

第二段階の回帰モデル
(省略)

各変数の定義
GCTAXP:一般消費税の対GDP
SSEXPT:社会保障支出総額の対GDP
SSEXPTPRED:第一段階の回帰モデルから得られるSSEXPTの理論値
SSCONTOT:社会保険料総額の対GDP
CITAXP:法人所得税の対GDP
OPEN:総貿易額の対GDP
CONCEN:輸出依存度
DEFICITP:政府の財政赤字/黒字の対GDP
POP65P:65歳以上人口の対総人口比
PARTY:政党政治における左派政党の指導力のダミー変数
ALTGOV:直前の三年の間に結成された政府(政権)の数
FEDDUM:連邦制のダミー変数
EUDUM:EU加盟国のダミー変数
UNEMPL:失業率
GROWTH:経済成長率
CPI:消費者物価指数

結果と解釈

第一段階の回帰分析について
・ CONCENやOPENの係数は統計的に有意であるが、CONCENはSSEXPTと負の相関があるのに対して、OPENはSSEXPTと正の相関がある。このことは、グローバリゼーションと福祉との関係が複雑で捉えがたいものであることを示しており、グローバリゼーションが福祉国家に対してマイナスのインパクトを与えるという単純な説に異議を唱えるものである。
・ SSCONTOTとCITAXPの係数は統計的に有意であり、SSEXPTと正の相関を持つ。CITAXPについては、公共支出が増えると法人税負担が増えるという説を支持するものであるが、グローバリゼーション下では資本逃避を防ぐために政府が法人税を引き下げるという単純化された説に異議を唱えるものである。(?)

第二段階の回帰分析について
・ SSEXPT-predの係数はすべてのモデルにおいて統計的に有意であり、GCTAXPと正の相関を持つ。
GROWTHとCPIはGCTAXPと正の相関を持ち、豊かでインフレ率が上昇している社会ほど一般消費税への依存が高いことを示している。
・ DEFICITPはGCTAXPと正の相関を持ち、財政赤字の増加は、一般消費税のような安定して強力な租税制度を要求することを示唆している。
・ POP65PとUNEMPLの係数は統計的に有意でない。
・ EUDUMの係数は統計的に有意であり、GCTAXPと正の相関を持つ。
・ PARTYの係数は統計的に有意であり、GCTAXPと負の相関を持つ。このことは、左派政府は一般消費税への依存が低い傾向があることを示唆する。(しかし、多くのEU加盟国では左派的な党派性と高い社会保障支出が共存しているため、PARTYの負の係数が5%有意水準において有意であることは、左派政権の一般消費税への依存が低いことを完全に確証しているわけではないかもしれない。)  
 
計量分析の結論 
・ グローバリゼーションは社会保障支出水準に影響を与えているが、その影響は複雑である。
・ グローバリゼーションの影響をコントロールしても、高い社会保障支出と一般消費税への依存の間には強い相関関係がある。
・ 政治的、経済的要因をコントロールしても、社会保障支出と逆進的租税の間には統計的に有意な相関関係がある。歳出水準が高い国は、逆進的租税により多く依存している。一方、歳出がより高い左派政権が逆進的租税に依存しているとは限らない。政治的機構が租税構造の突出した決定要因だとはいえない。 
・ ここでの分析方法に従えば、大きな公共セクターと社会保障支出を持つ国は、一般消費税を含むあらゆる税からより多くの歳入を得ているという解釈に導かれてしまうかもしれない。


早期に付加価値税を導入した国々

事例研究1:スウェーデン
・ 戦後の包括的所得税主義の影響で、小売売上税は1947年の税制改革で廃止されたが、1958年に再導入された。
・ 小売売上税の再導入当時、社会民主党系の政策担当者や政策専門家は、広い課税基盤を持つ消費課税の財源確保能力に自覚的であった。消費課税の逆進性を社会保障給付による再分配によって緩和するという発想もこのころから普及し始め、消費税に対する国民の理解形成にも貢献した。
・ 1969年には、EC加入とは独立に、小売売上税は付加価値税に転換され、消費課税収入の増加に繋がった。
・ 1991年の税制改革では、累進所得税のフラット化が進み、消費課税や社会保険料負担などの逆進的課税への依存が進んだ。逆進的課税により安定した歳入を確保し、社会保障支出によって再分配を行うというあり方は続いている。

事例研究2:イギリス
・ イギリスは、EC加盟のために付加価値税を導入した。スウェーデンのように、付加価値税の国内政治経済への影響に関する議論はほとんどなかった。
・ 1979年のサッチャー政権では、所得税減税による減収を賄うために付加価値税の引き上げによる増収が行われた。
・ 1980年代の新保守主義的な福祉削減圧力に対しても社会保障支出が低下しなかった一つの要因として、付加価値税の高い財源獲得能力が上げられる。

事例研究3:フランス
・ 伝統的に間接税・消費税中心であり、戦後の包括的所得税中心主義の影響を明確な形で受けず、一般消費税が過去30年間安定的に高い。
・ 1980年代に至るまで保守政権が長く続いたが、社会保障支出の水準は高い。
付加価値税社会保険料といった逆進的租税からの税収割合が高く、総課税負担も高い。このような歳入構造が1980年代以降の福祉国家見直しの圧力の中でも財政支出削減に対する抵抗として働いたと考えられる。
・ 1990年代以降も、世論も福祉国家の縮小に慎重であり、財政赤字の削減のために政府は歳出削減よりも負担増へと方針をシフトした。その手段として用いられたのが定率の社会保障目的税という新たな逆進的課税であった。
・ 「間接税中心主義の伝統から逆進的税制への依存を強めたフランスが、当初から意図的に逆進的税制を福祉国家財源として活用してきたスウェーデンと、結果として同じ選択をするに至ったことは、経路依存性という観点から興味深い」(加藤[2002:35])

1980年代以降に付加価値税を導入した/しようとした国々

事例研究4:アメリ
・ 税収構造は所得税に依存しており、税負担は低く、社会保障支出も低い。直接的な公共支出よりも、税額控除などの租税支出が多く行われている。
付加価値税の導入の検討はなされているが、導入が実現したことはない。
・ 1986年のレーガンの税制改革では、累進所得税のフラット化と課税ベースの拡大が行われた。

事例研究5:カナダ
付加価値税の導入が財政赤字の解消と結び付けられたため、導入時の国民の反対が大きく、税率も低水準に留まったため、その後の付加価値税収や総課税負担が抑制されている。

事例研究6:ニュージーランド
・ 1986年の付加価値税導入は、抜け穴だらけの卸売売上税を代替する形で、大規模な経済規制緩和改革の一環として行われた。そのため、国民の強い政治的不満に直面しなかった。
付加価値税税収は伸びているが、消費税の増税所得税の減税を補う形で実現しているため、総課税負担や歳出の増加は抑制されている。

事例研究7:オーストラリア
・ 1980年代半ばに、ニュージーランドの導入と同時期に労働党政権下で付加価値税導入が検討されたが実現しなかった。その後、1990年代初頭にも自由党付加価値税を提案したが実現せず、2000年にようやく導入された。
・ しかし、政治的妥協の結果、例外が多く包括的な課税とはなってはいない。

日本と新興産業国

事例研究8:日本
・ 1979年の大平内閣が財政赤字解消のための増税として一般消費税を導入しようとしたが失敗。その後の財政緊縮路線の一因となる。中曽根内閣も売上税を提案したが実現せず。1989年の竹下内閣で、3%の消費税を導入したものの、その直後の選挙で自民党は大敗した。

事例研究9:韓国
・ 1977年の時点で、世界銀行IMFなど、国際金融機関を通じて、先進諸国の経験を学びながら付加価値税を導入した。先進諸国のように累進的所得課税の導入を経ずに、関税や取引高税のような原初的な消費課税から、最も一貫性の高い付加価値税制へ税収構造が変わった。
                            

関連項目:

『自分用メモ:政府税調の所得税増税案に対する社説とか政党の反応とか』
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20050703

『平成17年度 年次経済財政報告』
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20050819

『歳出改革による痛み』
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20050923

『『税のはなしをしよう。』をネタに社会保障と財政について考える。』
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20051108

『mojimojiさんの議論を読んで』
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20051116

『「小さな政府」は国民に支持されているのか?』
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20051228

『歳出削減』
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20060215#p1

『左派こそが、財政・税制をきちんと勉強しなければならない。(追記:政府税調最新情報)』
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20060218#p1