研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

『ケアを支えるしくみ』

ケアその思想と実践 〈5〉 ケアを支えるしくみ

ケアその思想と実践 〈5〉 ケアを支えるしくみ

http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/9/0281250.html

目次はこちら。
http://www.bk1.jp/webap/user/DtlBibCollectionList.do?bibId=3020904

ケアを支えるしくみ 神野直彦 著 1−25
サービス格差に見るケアシステムの課題 訓覇法子 著 27−52
自治体改革と介護保険 沼尾波子 著 53−78
自治体福祉の光と影 大友信勝 著 79−106
ケアを支える国民負担意識 武川正吾 著 107−123
ケア市場化の可能性と限界 平岡公一 著 125−142
介護保険の通信簿 大熊由紀子 著 143−167
国際比較の中の日本介護保険 ジョン・クレイトン・キャンベル 著 169−188
高齢者介護システムの国際比較 大沢真理 著 189−204
ケアマネジャー論 結城康博 著 205−224
求められる介護教育 山下幸子 著 225−241

非近経的財政学、社会政策学、福祉国家論、社会福祉学、ジャーナリズム、現場と学問の組み合わせ、的な立場からのケア政策・財政についての論考集。ざっとしか読んでないが、どれも勉強になった。

本や論文を読むときは、書いている人のバックグラウンドを理解してから読むほうがよい。そういうのは、初めての人の場合には、略歴や参考文献から判断するのだが、今回の本の11人の著者は、全員、そういうバックグラウンドを多少なりとも知っている人だったので、その意味でラクチンではあった。

大雑把に分類すると、

■非近経的財政学(ネーミングに迷う。旧マル系、宇野派、歴史派、どれもしっくりこない。あえて言うなら、神野派。)
神野直彦
沼尾波子

■社会政策学・福祉国家
武川正吾
平岡公一
ジョン・キャンベル
大沢真理

社会福祉学
大友信勝

■ジャーナリズム
大熊由紀子

■現場+学問
結城康博(ケアマネジャー+財政学とか?)
山下幸子(障害者介護と社会福祉学と障害学とか)

という感じである。ジョン・キャンベルは、他の社会政策学者とはやや違うのかもしれないが。

内容について少しずつコメントすると

神野:基本的にはいつもいっていることの繰り返し。シメはやはり、協力原理に基づいた地方政府による地方税によるサービス給付の提言。

訓覇:スウェーデンと日本の介護政策動向。スウェーデンも近年、介護コスト負担や供給負担の非公共化の傾向があり、私的サービス購入者が高学歴層で増えているとか。ただしデータはないのでそこらへんはこの論文だけでは詳しくはわからない。

沼尾:近年の介護保険を、三位一体改革の動向も踏まえて分析・考察。最後は、神野氏と同様(というか、この学派全体が基本的にそうだが)、租税を通じた所得再分配機能と地方交付税を通じた財政力格差是正機能を確保した上で、必要なサービスに見合う負担を地域で賄うべし、という感じ。p.65の高齢者保険福祉費の地方交付税単位費用算定の需要額の推移の表が勉強になった。こういう視点からの社会サービス研究は、今後ますます必要になるだろう。

大友:1991年から2003年までの岩川町長を中心に展開された鷹巣町の「福祉のまちづくり」の進展と挫折を、著者の(挫折期における)体験も交えながら書かれた論文。ルポ的な要素もあり、個人的には一番面白かった。

武川:日本人のマジョリティは高福祉高負担を求める人が多く、高学歴、高所得な人ほどその傾向があるとか。このような調査結果と現実の政治選択・政治改革の動向が相反しているというパラドックスの理由については、「かもしれない」という形で言及されているが、解明はされていない。

平岡:ざっとしか読めてないが、ケアサービスの(準)市場化については、相当に限定された範囲において実施されたに過ぎない、とのこと。そうなのかなぁ。重要な領域なので、また読んでみる。

大熊:いろんな人に、介護保険の通信簿を書いてもらったものを紹介。大雑把にいうと、介護保険は、いろいろ画期的なことがあったけど、だんだん理想から離れていった、てきな感じ。

キャンベル:日本の介護保険は画期的で、世界でも注目の的、とのこと。それ以外にもいろいろ書いているが、基本的に日本の介護保険制度の制度設計や制度運営に肯定的評価。個人的にはちょっと過大評価かな、と思うところも。

大沢:なんだか、いろんなものをつぎはぎした印象。4部に分かれていて、まず「介護は潜在能力の保障」的な内容。次に「生活保障システム」という持論の紹介とそれに基づいた他のOECD諸国と日本の比較、次にOECD(2005)Long-term Care for Older Peopleの紹介、最後に虐待の話。

結城:その名のとおり、ケアマネジャーの現場経験を踏まえたケアマネジャー論。ちなみに著者は最近岩波新書から「介護」という本を出している。

山下:自分の障害者介護体験を踏まえた介護教育論。ざっとみた感想としては、脳性まひ者の本からの紹介とか体験談とかはそうだな、と思うのだが、「求められる介護教育」のところはよくわからない。「受講生同士が議論を深められるような演習形式をとることは学びにとっても効果的であろう」とか受講生の基礎学力の低下が問題だとか、本当にそういう優等生的なことが重要なことなのだろうか。そういうことよりも、講師の半分を要介護者や障害者にするとか、そういうのじゃダメなのかね。「ディスアビリティ・スタディーズ」の共約者なんだし、もっと大胆なことを言ってもよかったかなぁと。