研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

他のところで書き込んだ2つのコメントをコピペ(北欧型モデルと冷たい福祉国家)

追記あり(hamachan先生の回答エントリへのコメントのコピペ)
両方ともわりと読者が多そうなブログなので、できれば書き込みはしたくなかったのだが、気になったのでついつい書き込んでしまった。

前者については、「アカデミック」ジャーナリズムと称するには、やや数字の見せ方・解釈・比較の作法が粗雑で、かつ推論に基づく断定的な表現が多かったのが気になったのでコメントした。後者については、立岩氏への批判がやや表層的に感じたのでコメントした。今後はコメントするにしても、もっと短く簡潔にするのが課題。

北欧型モデル?増税すれば幸せになれるの? 井出草平
http://synodos.livedoor.biz/archives/1456672.html

以下、自分のコメント

シノドスは「アカデミックジャーナル」で「専門知に裏打ちされた言論を発信」とのことなので、ご参考までに、下記のスウェーデン人のマクロ・労働経済学者の下記のレポートをご紹介します。

私ちゃんと読んでませんしちゃんと読む予定も当面ないのできちんとしたコメントはできませんが、読者の方々が「90年になってから制度の綻びが生じ、00年代に入ってからは機能不全」や「実際は燦々たる状況」の内実を冷静に捉える手がかりの一つにはなると思います。データは2001年までとやや古いのが残念ですが。

Bertil Holmlund(2006)The Rise and Fall of Swedish Unemployment(の草稿バージョン)
http://www.cesifo-group.de/DocCIDL/cesifo_wp918.pdf

ついでにもっと新しいこちらも。マクロ経済政策(注:金融政策と書くべきだった)が失業に与える影響の検証@スウェーデンということで興味ある人もいるかもしれません。

Alexius&Holmlund(2008)Monetary policy and Swedish unemployment fluctuations
http://ideas.repec.org/p/hhs/ifauwp/2008_005.html

ついでにもう一つ。スウェーデン労働市場政策は、

IFAU(The Institute for labour market policy evaluation)
http://www.ifau.se

という機関で応用計量経済分析、とくにその名の通り"policy evaluation"(政策評価)分析の手法を用いてさかんに研究され、ワーキングペーパーが次々と出されていますので、ご参考までに。

ちなみに、井出さんがもう一つの書評記事で紹介されていたP Byambadorj(2010)THE YOUTH UNEMPLOYMENT SITUATION IN SWEDENは、まだ誰にも引用されておらず(注:元原稿と思われる授業レポート(?)はダウンロードできる)、彼(女)の研究がどのような評価をされているのか、またどのような関連した議論がスウェーデンで行われているかはわかりませんでした。これはただのないものねだりですが、当然チェックされていることと思いますし、社会学・社会政策分野でも上記IFAUのようなスウェーデンや北欧のアカデミックリソースがあれば、今後は記事の参考文献・リンクとして載せて頂けると幸いです。

シノドスも、そういう「素人も楽しく読め、専門家(境界上の人も含む)はさらに深められる」という感じにしていただければ、「さすが、専門知に裏打ちされたアカデミック・ジャーナル!」というふうになるかと思いますので、よろしくお願い致します。長々と失礼致しました。。。

追記:ブログ「スウェーデンの今」の記事(http://blog.goo.ne.jp/yoshi_swe/e/a609845d362b6e71e47c4b9e6d3c47f2)経由で知ったのだが、井出氏が取り上げていたZEROのニュースはこちらで見られる。ブログ主yoshiさんも関わったという。
http://blog.dai2ntv.jp/zero/tokushu/2010/07/

もう一つはこちら。

「冷たい福祉国家」の幻想
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-a1fa.html

以下、自分のコメント

おっしゃることはわかりますし、私も福祉国家に対するhamachan氏の認識には基本的に同意しますが、このエントリ(および前回のエントリ)はあまり生産的な議論とは思えません。

そもそも、「冷たい福祉国家」という立岩氏の議論は、障害者福祉政策を巡る国家と障害当事者の関係を巡る、パターナリズムや障害者の生活への介入など、福祉国家における専門家支配の問題を踏まえたものです。そしてそれはhamachan氏もご存知のように、戦後障害者福祉政策の骨格あるいは細部に埋め込まれ、今なお続いている歴史的史実です。

そこを一つの問題意識の基点として議論している人に対して、他の視点(福祉国家階級闘争・階級連合を一つの要因として形成されてきたという「熱い」史実)を横からぶつけて、「分かっていない」というだけでは、あまり有益な知見も認識も生まれませんし、異なる問題意識・現状認識が2つあるのだと叫んでいるにすぎないのではないでしょうか。

hamachan氏が福祉国家の「熱さ」を「一番大事な根っこ」と携えるのは結構ですが(私もそれなりに共有いたします)、それはhamachan氏の学問的立場および社会的立場からのものであることは十分に認識すべきです。

稲葉氏の発言は、このような(左派の中でも)異なるベクトルを生じさせる福祉国家の悩ましさをどう調和させるべきかという思想的・現実的難問を考える上で、『「分配する最小国家」はぎりぎり可能だとしても「冷たい福祉国家」はありえない』という結論に達したと解釈するべきであって、一方が大事な根っこで一方がより瑣末な勘違いとか、一方が現実的で一方が現実から乖離したテツガク的思考であるとか、そういうことではないと思います。

追記:回答エントリを頂きました。

第4の原理「あそしえーしょん」なんて存在しない
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-ecd7.html

以下がそれに対する自分のコメント。またムダに長くなった。

とりあげて頂き、ありがとうございました。しかし、私の書き込みと、今回コピペして頂いた「アソシエーション」の関係がわかりませんでした。

立岩氏の「冷たい福祉国家」の議論は、権利を伴う資源の再分配が前提の議論であって、ふわふわした協同原理に基づくものではありません。

そもそも私的所有権の議論からスタートしている立岩氏にとって「そもそも誰が何を所有する権利があるか」という政府と市場の関係をスルーすることなどありえず、それをスルーしがちな「第四の原理」や「協同原理」にはあまり関心はないでしょう。

問題はそういうことではありません。たとえば、私のこのエントリ(http://d.hatena.ne.jp/dojin/20100706#p1)で紹介した「介護職によるたんの吸引等検討会」での議論に顕著なように、障害者や難病患者が日々の行政サービスを受ける際に、行政・介護・看護・医療に係る専門家や行政機関との法的・政策的関係性というのは、生活のあり方を大きく変えうる重要なテーマの一つです。

立岩氏の「分配する最小国家」や「冷たい福祉国家」という発想は、マクロな国家論やテツガク的な福祉論という意味ももちろんありますが、それ以上に、こういう細部に係る法的・政策的・歴史的な「福祉」の問題に向き合う中で、「国家による十分な(再)分配(あるいは税と社会保障による私的所有権の書き換え)を実現しつつも、福祉国家パターナリズムや専門家支配の問題を解消するような(再)分配のあり方はないだろうか」という問いへの答えを模索する中で出てきたものです。

誤解されている方が多いですがが、立岩真也氏はオリジナルな思考を形而上学的に勝手に展開するタイプの演繹的思考タイプの「哲学者」ではなく、過去の膨大な障害者思想や障害者運動の言葉などを丹念に拾いながら、それらを彼独自のやり方で整理していく帰納的思考タイプの「社会学者」です。(注:これはちょっと単純化しすぎた言い方かも)

だからこそ、障害当事者やそこに近い人たちから支持される。彼らが立岩氏に見出すのは、新しいオリジナルな思想ではなく、これまで蓄積されたバラバラの思想の集積や、自らがなんとなく思っていた疑問に対する(一つの未完成な形での)回答でしょう。(と私が勝手に言うのはまずいですが)

アカデミックな形で継承困難な彼の名人芸が「社会学」と呼ばれるべきかどうかという問題はありますが、ここのポイントを踏まえていない立岩批判はあまり生産的ではないというのが私の趣旨です。

批判するならば、それも踏まえた上での「冷たい福祉国家」の可能性と不可能性であり、hamachan先生ならば、それもできると思います。

追記:簡単にいえば、福祉国家のよい「熱さ」を維持しつつ、そこに紛れ込む「暑苦しさ」をどう冷ますかということを、何がよいのかわるいのかも含めて全体的にも個別具体的にも検討すべしということだと思う。「熱さ」を維持することと「暑苦しさ」を冷ますことがどの程度矛盾・対立するかどうかもまだまだ未開の地なのでは。