研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

公的保育サービスに関する2つの論点:価格自由化と一般財源化

村木さんに期待できるのか? (鈴木亘
http://synodos.livedoor.biz/archives/1576988.html

で言及されていた「子ども・子育てシステム検討会議」(http://www8.cao.go.jp/shoushi/10motto/08kosodate/index.html)。これまできちんとフォローしていなかったのでこの際きちんとみてみたいと思ったが、けっこう資料や議事録がたくさんあったので、利害関係者関連の議論はスルーして、とりあえず「要綱」と「基本的方向性」と有識者ヒアリングの駒村・小西・宮本の三氏の資料だけざっと目を通す。

「子ども・子育て新システムの基本制度案要綱」 [PDF:403KB]
http://www8.cao.go.jp/shoushi/10motto/08kosodate/pdf/youkou.pdf
「子ども・子育て新システムの基本的方向」 [PDF:323KB]
http://www8.cao.go.jp/shoushi/10motto/08kosodate/pdf/houkou.pdf

駒村教授提出資料
資料1.新しい次世代支援システムの構想について [PDF:112KB]
http://www8.cao.go.jp/shoushi/10motto/08kosodate/k_1/pdf/s3-1.pdf
資料2.第17 回 ドラマ「JIN−仁」と保育所予算の問題 −未来からの視点が重要になる保育サービスと地方分権化− [PDF:27KB]
http://www8.cao.go.jp/shoushi/10motto/08kosodate/k_1/pdf/s3-2.pdf
資料3.「失敗続きの少子化対策 保育所軸に抜本改革急げ」日経新聞経済教室(2008.7.31)
http://www8.cao.go.jp/shoushi/10motto/08kosodate/k_1/pdf/s3-3.pdf

小西教授資料 [PDF:174KB]
http://www8.cao.go.jp/shoushi/10motto/08kosodate/k_2/pdf/s2.pdf

宮本太郎教授提出資料 [PDF:493KB]
http://www8.cao.go.jp/shoushi/10motto/08kosodate/k_6/pdf/s1.pdf

宮本氏のは国際比較のマクロの大きな話がほとんど。それはそれで面白いが、ここではもう少し制度の細部についてメモする。

まず、規制や公定価格(固定価格)に対する鈴木亘氏と駒村康平氏の意見の違いは「「メモ:保育料価格の自由化」で述べたとおりで、ここの駒村氏の資料でも以下のように述べられている。

2.公的制度による保育サービス整備の重要性
2)の視点から考えると、待機児童数は2.5 万人程度ではなく、日本経済、社会保障制度を維持するために考慮すべき潜在的待機児童数は100 万人に近いと考えるべきである。したがって、先日の地方分権推進での議論のように小手先の規制緩和では吸収不可能な数字であり、本格的に保育サービス充実の仕組み・安定財源を考える時期に来ている。

また、安定財源確保が行われない設置基準の弾力化は、保育の質の劣化を招き、1)の良好の保育環境の確保ができなくなる。すでに、前回もご紹介したように、日本の認可保育所の人的、物理的水準は先進国でも低い方にあるので、設置基準の弾力化は緊急避難的・一時的な弾力化にとどめるべきである。

保育サービスを市場メカニズムに委ねている米国の研究蓄積によると、1)保育サービスには情報の非対称性が高いこと(消費者がサービスの質の識別が困難なこと)、2)保育サービスの質(児童心理学に基づくの子どもの発達指数)は保育士の資格・経験に左右されることから、米国では、低所得者は質の低い保育サービス(資格のない保育者によるサービス)に、高所得者は質の高い保育サービス(資格や熟練の保育者によるサービス)を利用していることから、階層間の格差が固定化するおそれが指摘されている。

(駒村氏の資料2より引用)

次に、私にとってやや新しかった情報は、駒村氏の地方分権批判論(一般財源化批判)と小西氏の地方分権推進論(一般財源化推奨)である。

まずは駒村氏資料より。

(2)私立保育所における一般財源化によって予測されること
それでも、公立保育所の場合、職員が公務員ということもあって義務的な支出が多く、一般財源化の影響は比較的少なかったと考えられるが、民間保育所であればその影響はより大きくなると考えられる。要約すると、一般財源化により、以下の結果につながるおそれがある。

地方財政状況が厳しいなか、保育所新設を市町村に期待するのは難しくなる。これまでの保育所運営費(1 兆円)が使途自由な地方交付税として薄く広く撒かれ、保育以外の費用に充てられてしまう可能性が高い。また、待機児童の集中する都市部は、地方交付税の恩恵を厚く受けていないケースが多く、大幅な歳入減となる可能性が高い。この結果、待機児童は放置されることになり、結果的に出生率の低下や女性の就業率の引き上げは困難になる。

このような指摘に対し、地方分権・主権推進の立場から、1)地方の実情を考慮して、2)住民の選択を重視すべきといった反論も予想される。しかし、子育てに関心が強い一部の市町村以外では、どうしても目前の政策目的が優先され、子ども関係に予算が回らないことは、すでに公立保育所における「社会実験」により確認されている。

ここで、以下のように、地方自治体と国の関心の違いに十分注意する必要がある。
1)地方には、少子化対策と両立支援が達成できなかったらどのようなことになるかという国全体の課題、長期的な国家戦略の発想が不十分であり、せいぜい目前の待機児童対策しか視野に入っていない。
2)地方でも一部に少子化対策を行っている自治体もあるが、それは子育て世帯に対して現金や物品、あるいはサービスを提供するといったものが多い。もちろん、こうした地方自治体・地域・NPO の取り組みを否定するものではなく、特に、地域の子育て文化作りという一種の社会資本形成につながるような先進自治体の努力は高く評価すべきである。しかし、こうした努力も結果的には、子どもを持った世帯や子どもを持とうとしている世帯の地域間移動を招くことが多く、日本全体の出生率アップにつながらない。

また、保育サービスの充実に地域差が生まれれば、これもまた単に子育て世帯の地域間移動を招く結果だけで、日本全体の出生率・女性の就業率アップにはつながらない。

(駒村氏資料2より引用)

次に小西氏資料より。

私立保育所の運営費に関する国庫負担金を一般財源化すると同時に、保育所の運営や設備の基準についても、義務付けの見直しの観点から地方が決定できるように緩和し、サービス水準の確保等について国の関与が必要であるとしても、事後的なチェックで対応する方向が望ましい

(小西氏資料より引用)

駒村・小西両氏とも左派・再分配重視派といってよい人たちだが、教育や福祉と同様、一般財源化に対する再分配重視派内での温度差は、保育でも生じている。再分配と地方分権という2つの軸をどう整理するかということは、やはり重要な課題のようだ。

アカデミズムに限って大雑把にいえば、社会保障・財政系の左派研究者では、現在は左派=再分配重視&地方分権反対or懐疑というのがマジョリティで、左派財政学者や北欧型福祉国家信奉者に再分配重視&地方分権賛成(ただし財政力格差の是正は重視)というグループがあるという感じか。

関連エントリ

保育についてのメモ

メモ:子ども手当てと保育バウチャー
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20091104#p1
メモ:鈴木亘(2009)「財源不足下でも待機児童解消と弱者支援が両立可能な保育制度改革〜制度設計とマイクロ・シミュレーション」
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20091017#p1
メモ:保育料価格の自由化
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20100823#p1
メモ:産経新聞【静かな有事】第4部 少子化を止めろ+【少子化連続インタビュー】
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20100613#p1

教育や福祉における一般財源化に対する左派内での温度差について

地方分権ナショナルミニマムメモ(*追記あり)2007-05-06
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20070506
「教育財政の社会学」あるいは「教育の財政社会学」ついでに「教育財政の経済学」2009-07-17
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20090717#p1
地方分権社会保障について 2010-10-19
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20101019#p1