研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

内閣府経済社会研究所論文VS厚生労働省あるいは鈴木亘VS権丈善一

「年金の世代間格差、厚労省内閣府の試算に反論」(日経新聞 2012/4/24 21:30)
http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C93819481E0E6E2E0978DE0E6E2E6E0E2E3E09797E0E2E2E2

厚生労働省は24日、年金の給付と負担の世代間格差を巡る内閣府の試算に反論した。50歳代半ば以下の世代で支払いが多くなるとの試算に対し、前提となる指標などに関する疑問点を列挙。年金の財政方式についても現行の仕組みの意義を訴えた。年金制度の改革を求める声が相次いでいるのに対抗した形だが、現状を肯定するだけの路線には批判も目立つ。

これは4月24日の年金部会 http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r985200000294x3.html の参考資料1、2の話のようだが(年金部会の話だということくらい書いてほしい日経新聞)、この元ネタは第4回社会保障の教育推進に関する検討会資料 http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000026q7i.html の資料2-1,2-2。

(それにしても、研究者個人(4人の共著)のワーキングペーパーを、内閣府の試算といってよいのだろうか。そうだとすると、ESRI Discussion Paperは全部内閣府の見解と報道してもよいことになってしまう。厚生労働省厚生労働省で、「2012 年 1 月 内閣府経済社会総合研究所から ESRI Discussion Paper NO.281 として公表(研究者の個人論文)」という形で引用しないで、著者たちの名前を書くべきでは。)

で、後者の「検討会資料」の資料2-1には「※3,6,11,12,19,21,23,25,26,27ページの図表については、慶應義塾大学 権丈教授提供による」と書かれているように、実質的に年金部会の参考資料2および教育推進に関する検討会資料の資料2-1は権丈善一http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/ のペーパーといってよいのかもしれない。そして批判対象のESRI Discussion Paper (http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis290/e_dis281.html) はもともとは鈴木亘氏の研究をベースにしているので、これは実質的に(待望のw)鈴木氏VS権丈氏という側面が強い。

権丈氏は、ウェブサイト http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/ では自説を常々展開しているが、このような形で東洋経済や他のメディアの記者、そして今回のように厚生労働省を使って自説を展開することが多い。それはかまわないが、できれば個人名で論文(査読論文にはならなそうなトピックなのでワーキングペーパーで)にして、しっかり論争をしてほしいものだ。そしてもっと議論が(もっとガチンコで)盛り上がってくれるといいと思う。

現状は、お互いがお互いを「誤解している」「理解していない」と罵り合っている状況で、年金問題の議論の対立点が素人にはなかなか見えてこない。そして日本の経済学会上あるいは経済学会に留まらない年金論議全体での鈴木氏や権丈氏のポジションなど知る由もない素人たちの間では、ただただ経済学不信は高まっていく(かもしれない)。(追記:そういう意味で、比較的具体的に「世代間格差」論を批判したこの厚生労働省資料は議論を進める契機になりうる。)

それはともかく、おそらく鈴木氏はそのうち反論を載せると思うが、その前に小黒氏がアゴラに反論を載せ、それについて私はツイッターでメモしたのでここに改行し直しつつ転載。

これはまったく議論がかみ合っていないのではないか。。。>厚労省資料(世代間格差に対する反論)の簡易検証 http://t.co/UYTlvFZq

厚労省ペーパーの論点を読んだとおりにざっとまとめると

1.保険給付の期待値以外にリスク軽減による期待効用増も考慮すべき
2.割引率の設定次第で「給付」の現在価値換算の数値が変わり、賃金上昇率ではなく利回りを割引率とすると「世代間格差」が大きくみえる
3.技術進歩があり世代により中身が異なる医療・介護をただの「費用」として捉えて割引現在価値換算することに意味はない
4.事業主負担をなくして本人負担のみにした場合に事業主負担が100%従業員の賃金に転嫁されるとは考えにくいのでこの部分を全額本人負担として計算できるかは不確か
5.給付と負担の関係を給付の保険料支払いと給付の割引現在価値の「引き算」で求めているが、年金制度ではその時代の給与水準に対して何%もらえるかという「所得代替率」が一般的な指標

以上が「技術的論点」らしい。

一方、その後の「定性的論点」はぐちゃぐちゃ書かれていて分かりにくいが、

6.年金・医療・介護の「恩恵」として、受給世代になったときの給付だけでなく、老親への私的扶養軽減効果を考慮すべき
7.前世代が築いた社会資本の恩恵を考慮すべき
8.教育や子育て支援は現在の若者のほうが充実している
9.親からの財産相続を考慮すべき

という感じ。

そして最後に2の論点について「世代ごとの人口構成が同じと仮定すれば、世代間格差の生じる余地のない公平な制度」においても「“割引率”の仮定や“賃金上昇率”を見込むことによって、割引現在価値換算額でみた拠出の合計額と給付の合計額の“倍率”に違いが生じ」、「大きな割引率で割り引くと 1 を下回る」ことを、参考資料の「ケースIII」で示している。これはたんに割引率が大きけりゃ人口構成や制度設計が公平でも負担と給付の間の「世代間格差」は計算上生じうる、という話の傍証のようで、これをもって内閣府ペーパーを全否定しているわけではない。

それに対して小黒氏は、この参考資料の「ケースII」に注目し、『第6世代から第12世代の年金給付と負担の倍率(=給付計÷拠出計)は「1」と計算される。どうやら、厚労省はこのようなケースもあるから、世代間格差の議論は確かなものとは限らないと主張したい模様である』と書いている。そしてその上で、「(賦課方式が引き起こす)世代間格差は、少子高齢化の下での問題であり、人口が不変または順調に拡大するケースでは、そもそも議論の必要がないテーマなのである」と最後に結論付けている。だが参考資料で人口不変としているのは単に割引率の効果を見るための便宜的設定では。

いずれにせよ年金問題の門外漢からすると、厚労省・権丈ペーパーの「参考資料」部分(エクセルシート計算部分)ではなく、1〜5の技術的問題点と6〜9の定性的論点すべてについてのガチバトルを期待。あくまで印象論だが1〜9全ての論点について経済学はフォーマルに扱うことができる気がするし。