研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

「もはや政府の財政だけでは賄いきれないのは明白」かもしれないが。

日本の社会保障費。2010年度歳出総額92.3兆円。そのうち24.8兆円が社会保障費。しかも増えている。もはや政府の財政だけでは賄いきれないのは明白。医療・介護・保育の分野へ新しいソーシャルビジネスの担い手の参入を促したい。渡辺周総務省副大臣

http://twitter.com/okamoto4433/status/8805720758

このブログで何度か取り上げている病児保育フローレンス代表の駒崎氏がリツイートしていたのでたどってみた所、プロのマーケターでフローレンス理事の岡本氏のつぶやきとのこと。以下の内容については駒崎氏にはブログのみならず同じようなヨタ話を何度もしているので、もうわかったからちょっとは新しい話をしろやという感じだろうし、自分自身この事柄については知的な進展がないのだが、重要な話だと思うので再びメモ。

日本の税負担がアメリカと並んで先進諸国で最低水準であるという事実は、右派左派問わずに専門家の間ではコンセンサスとなっている。なのでNPOやソーシャルビジネスの議論を(とくに福祉分野で)するときには、何を税や社会保険料で「社会的」に担い、何を寄付・ボランティア・シーシャルビジネスで「社会的」*1に担うべきかのは、この財政的事実を踏まえた上で、そして医療・介護・保育ニーズの重要性を鑑みた上で、国民的合意形成と政策設計を図っていくのが望ましいと思う。

そういう意味では、「政府の財政だけで賄いきれないのは明白」という言葉は、例えば、現在私が住むスウェーデンで持つ意味と、日本で持つ意味とは異なってくる。あらゆる福祉ニーズを政府の財政だけでは賄いきれないのは確かに明白だと思うが、まだまだ日本には(少なくともスウェーデンと比べれば)政府の財政だけで賄いきれる余地も大きい。もちろん、そこでどの程度の大きさの財政規模を目指すかどうかというのは国民の判断(およびそれを左右する社会運動・社会的活動・政治活動)の問題となるが、事実認識として「もう政府では賄いきれないからソーシャルビジネスで」という段階には達していないことは指摘しておきたい。

ところで話はかわるが、駒崎氏が再び育児バウチャー(最新エントリは国民保育券と言い換えているが、これはおそらく「バウチャー」という言葉に対する一部の人たちの拒否反応を和らげるためだろう)の議論を展開している。

「子ども・子育てビジョン」をビジョンで終わらせないために 〜「国民保育券」構想〜
http://komazaki.seesaa.net/article/140588862.html

医療や介護における民間主体の供給・サービス選択の伝統(といっても介護はまだ10年だし、民間主体といっても旧態依然とした福祉法人も多いだろうし、サービス選択も名ばかりの部分も多いだろうが)を持つ日本は、擬似市場やバウチャーによる公的な福祉サービス供給には適した国だと思う。財源とアイデア次第では、スウェーデンなどの北欧「先進」福祉国家よりもよいアウトプットを出せる可能性も十分にある。事実、医療は、待ち日数がほぼないことや専門医へのアクセスの良さ、医療機関の選択の幅といった点では日本(ただし地域にもよる)のほうがすでにスウェーデンよりも良いといっていいだろう(もちろんその代償もいろいろあるのだが)。

このあたりは、せっかくだしそのうちスウェーデンとのきちんとした比較分析をしたいところだが、そもそも公共経済学には、比較福祉国家論のような福祉政策比較の分析道具はなさそうなので(不勉強なだけかも)、学術的な分析ができるようになるかは不明。その場合は、比較福祉国家論の専門家との共同実証研究を模索したいので、乗り気な方はそのうちよろしくお願いします。

ついでに。

社会問題、っていうより、社会的課題っていった方がいいかも。今度からそうしよう。

http://twitter.com/okamoto4433/status/8812147285

おそらく行政にはそういう慣行があるところも多いはず。私も調査報告書で「社会問題」という言葉を「社会的課題」と書き直させられたことがある。これはこれで、突き詰めて考えると興味深い話題。


関連エントリ:

フローレンスモデルについてのメモ
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20070523

社会的企業の近辺メモ
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20070829

NPOと公共サービスの関係についてメモ
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20080210

『日本の難点』:「大きい社会」を支える政府のあり方についてメモ
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20090425

「小さな政府」、「大きな政府」、「社会保障の負担/給付」に関する国民意識
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20090908

メモ:子ども手当てと保育バウチャー
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20091104

*1:というべきなのかどうかは、実は定かではない。私の古典的なT.H.マーシャル流の社会学的認識では、これは、どんなに装いを現代的にしても、「社会的」というよりも「私的」かつ「慈善的」である。が、そんなに単純でもない気がするし、この認識は数年前から一切の進歩がなく、今後もしばらく進歩の予定がない。