研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

介護サービスは需要過剰?


『介護職員』(労働、社会問題ブログから)
http://takamasa.at.webry.info/200601/article_5.html

介護職員の賃金が低すぎて人手が足りないなら、市場原理に従って賃金を上げればいいではありませんか。別に絶対的に不足しているわけではありません。給料が低く、有給休暇が取りにくいから人が集まらないだけです。

つまり、「介護市場は需要過剰であるから、市場原理に従えば、介護職員の賃金は高い地点で均衡するはずである。」ということか。

これは間違っている。

第一に、例えばbewaadさんは、平家さんのこのコメントとのびたさんのコメント(http://keizaigaku.seesaa.net/article/11440472.html)を比較して、

webmasterの理解では、平家さんが念頭においているのはそうしたサービス全体の需給、のびたさんが念頭においているのはそのうちサービスが売買される部分の需給という違いが結論の違いに通じているということになります。

『介護等における市場競争』
http://bewaad.com/20060108.html#c03

といってるが、もっと単純にいうと、平家さんは、社会的ニーズとしての「需要」と、購買力に基づいた「需要」(以下、「有効需要」と呼ぶことにする。でも別に総需要のことではない。)を混同しているのではないか。平家さんが引用した日経新聞の「需要に対し圧倒的に不足するマンパワー」の「需要」とは、前者であって後者ではない。

確かに今、高齢者の数は増え続けており、介護に対する社会的ニーズは増大する一方である。しかし、だからといって、それが有料介護サービスの「有効需要」を比例的に増加させるとは理論的にはいえない。有料介護サービスの「有効需要」は、家族介護などの代替財や他の消費財との選好順序やアクセス可能性、そして「有効需要」の大元である家計の購買力などによって左右されるからである。

だから、
1.多くの高齢者は介護者を必要としているが、介護者は不足している、
2.介護職員の賃金は安い、
という二つから、「介護市場は(有効)需要過剰である。」という結論は導きだせない。

第二に、そもそも日本には、市場均衡を想定できるような介護市場はほとんど存在しない。なぜならば公的介護保険制度があるからだ。そこでは、介護サービスの需要と供給は、要介護認定によって制限されるため、利用者の真の有効需要はわからない。

また介護保険事務所や介護施設は、介護サービス利用者からの「料金」ではなく、厚生労働省が設定した「介護報酬」を受け取って事業を運営し、その枠内の「擬似的な市場」でサービス競争しているからである(一割自己負担という「料金」もあるけれど)。介護労働者の賃金も、基本的にはこの介護報酬に基づいて決定される。だから介護労働者の賃金を上げるには、介護事務所や介護施設の効率化がそれなりに達成されているならば、介護報酬単価を上げることがまず必要なのである。

*最近の介護報酬単価関連の話題

『グチ』
http://d.hatena.ne.jp/lessor/20051218/1134925191
『福祉人材の有効求人倍率
http://d.hatena.ne.jp/lessor/20051119#tb

ちなみに、もし介護保険制度をやめて純粋な介護市場に変えたら、介護労働市場はどうなるか。それは私にはよくわからない。ただ、おそらく多くの介護保険業者は撤退することになるだろう。

今の介護報酬単価は、多くの介護サービス未利用者の保険料や公費からの再分配によって支えられている。それがなくなるということは、純粋な介護市場に置き換えて考えると、その再分配分だけ、介護サービス利用者の介護サービス購買力が低くなるということに等しい。当然、介護サービス利用者の需要曲線は下方にシフトし、介護単価もサービス供給量も減少するだろう。もちろん、民間介護保険が、いくぶんか公的介護保険を代替するかもしれないが。そこらへんはよくわからない。

もし介護保険制度と要介護認定を維持したまま、すべて本人への現金給付にした場合はどうなるのだろう。介護需要は増大し、介護単価もサービス供給量も増え、介護労働者の賃金は上がるのだろうか。それとも動く金は現行制度と同じだから、たいして変わらないのか。それもよくわからない。要勉強だ。

追記:この記事に対して、平家さんから以下のようなコメントがありました。
『介護職員 その2』
http://takamasa.at.webry.info/200601/article_10.html