研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

財政負担と経済成長(追記あり)

http://d.hatena.ne.jp/svnseeds/20080906/p1

svnseeds氏の推論について。id:mojimoji氏の当初の問題意識からはかなり離れるのかもしれないが。

●まずは、(※)税収が減少していく中、必要な政府支出を賄うために、「富裕層」への課税がどんどん強化されることになるでしょう

●その結果、縮小する経済と重税のため、「あればうれしいがなくてもいいぜいたく品」を消費できる「富裕層」はほとんどいなくなるでしょう

●同時に「あればうれしいがなくてもいいぜいたく品」を生産する産業も(輸出向けを除き)その規模を減少させていくでしょう

●「富裕層」がほとんどいなくなりましたが、「基本的ニーズの分野が満たされた社会」の維持は必要なため、税収は必要です。そのため、いなくなった「富裕層」のすぐ下の階層の人々を新たに「富裕層」と定義し、重い税を課すことにします

●(※)に戻り以下繰り返し

●誰も途中で止めてくれなければ、いずれはかつては豊かだとは到底考えられなかった生活レベルの人々が「富裕層」と呼ばることになり、重税の対象となるでしょう

●また、同じく誰も途中で止めてくれなければ、どこかの時点で「基本的ニーズの分野が満たされた社会」は維持不可能となるでしょう。そしてそのレベルを下げる、あるいは中断することは大きな社会的混乱を伴うでしょう

なんだか、どことなくラッファーカーブみたいな議論だけど、id:shinichiroinaba先生やid:tazuma先生がちょっと言及しているように、そして最近の日経新聞の連載で畑農氏が述べているように、財政負担と経済成長の関係はそんな簡単な推論で片付くものではないはずだ。それに、実際に両者に明白な負の因果関係(負担↑→成長↓)がある場合でも、svnseedsさんの推論で想定されているような社会的混乱が生じるほどの強い因果関係があるのかどうかは検討する必要がある。

財政負担や財政支出と経済成長の関係について、よく言及される論文として

Atkinson(1995)The welfare state and economic performance
http://ntj.tax.org/wwtax/ntjrec.nsf/175d710dffc186a385256a31007cb40f/c3ac1804efb772c6852567ef0057a8ac/$FILE/v48n2171.pdf

(なぜかⅡが出版されておらず、参考文献表もない丸谷訳『アトキンソン教授の福祉国家論Ⅰ』に入っている論文「福祉国家は経済成長の障害かー必然的に?−」というのもある。)

があり、グーグルスカラーで見たら、他にもいろいろある。

あと日本でも、ウェブ上で読めるものとして、

国民負担率と経済成長−OECD諸国のパネル・データを用いた実証分析−
http://www.boj.or.jp/type/ronbun/ron/wps/kako/cwp00j06.htm

政府の規模と経済成長−先進国パネル分析に見る負の相関の再検証
http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis110/e_dis103.html

季刊社会保障研究 特集:社会保障の規模とその影響
http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/sakuin/kikan/4201.htm
(今回のトピックに該当する論文は佐藤論文。これは前者二つと異なり、ライフサイクル一般均衡モデルに基づいたシミュレーション)

などがあるようだ。負担や規模ではなくて、税率の累進度と成長の関係を論じた研究もきっとあるだろう。

あと、稲葉氏が紹介していた下記の2冊も、同じ主題を、より歴史的かつ計量的に扱っている(らしい。私も積読)。

Growing Public: Social Spending and Economic Growth since the Eighteenth Century

Growing Public: Social Spending and Economic Growth since the Eighteenth Century

Growing Public: Volume 2, Further Evidence: Social Spending and Economic Growth since the Eighteenth Century

Growing Public: Volume 2, Further Evidence: Social Spending and Economic Growth since the Eighteenth Century


また、ちょっと話がマクロな経済成長からミクロな勤労意欲にずれるけど、無関係ではないし、ついでにメモする。

所得税による勤労意欲阻害効果がどの程度かについては、井堀氏の『課税の経済理論』によれば、高額所得者に関する研究が注目されているらしく、こんな論文などが紹介されている。

Goolsbee(2000)What Happens When You Tax the Rich?Evidence from Exuctive Compensation
http://www.jstor.org/pss/3038281
(ここでPDFゲット可能↓)
http://faculty.chicagogsb.edu/austan.goolsbee/research/taxrich.pdf

また、やや古い資料だが、大竹文雄氏が「勤労意欲の低下を避けるためにも所得再分配の強化を」と主張している。

所得再分配の強化を
http://www.iser.osaka-u.ac.jp/~ohtake/paper/nikkei04_3_10.pdf

結論としては、経済成長にしろ勤労意欲にしろ、こういったネタについては、素人の推論よりも、玄人の研究や主張のレビューのほうが有益だし、議論もそれに基づいて行うほうが建設的だ。上記の論文などは、ネット検索で簡単に収集可能だし。

追記:
ついでにメモると、クルーグマンも(アメリカにおける)累進課税の復活を主張している。

格差はつくられた―保守派がアメリカを支配し続けるための呆れた戦略

格差はつくられた―保守派がアメリカを支配し続けるための呆れた戦略

要するに、ブッシュ減税の割戻しや国民皆保険を設立した後の次のステップは、アメリカで累進課税を復活させ、それで得た税収を低・中間層世帯を援助する手当や給付金に使うよう広く努力することである。

(p.223)
さらについでにいうと、続く文章では社会保障税や付加価値税も価値あり、としている。

しかし、現実的にはこれだけでは他の先進諸国と比肩できるような社会保障を拠出するのには不十分である。どちらかというと限定的なカナダの水準にも達しないだろう。高額所得者の税金を引き上げるだけでなく、他の先進諸国は社会保障費と付加価値税、ないしは全国的な売上税を上げることで中産階級の税金をも引き上げている。社会保障税と付加価値税は、累進型税ではないが、格差是正の効果は間接的であるものの、広範囲に行きわたる。それは手当や給付金などの財源となり、それらは低所得者の収入を考慮すると、非常に価値の高いものである。

(pp.223-224)

追記2:
4日のエントリで、一般均衡シミュレーションは土木系でさかん、とか書いたけど、上述の佐藤論文でわかったが、土木系のシミュレーションも、佐藤論文のような財政・社会保障分野のライフサイクル一般均衡シミュレーションも、基本的には同じようなやり方なんですね。不勉強でした。

追記3:
ちなみに、mojimojiさんと同様、私もグローバル化によって福祉国家が厳しいならば、そこでホラミロなどとうそぶくのではなく、ならば再分配の国際協調およびグローバルな再分配をやるべしという立場。ただし、その前に各国がそれぞれあがく余地はまだまだありそうだし、あがく中で、国際協調への機運やら具体化やらが高まるだろうと期待している。ただ、mojimoji氏は規範理論に基づく原理主義者なので、思想闘争が専門。直接政治と政策は担えない。それは誰かがやるべし。