研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

日本の左翼は何を学べばよいのか。

『日本とフランス 二つの民主主義 不平等か、不自由か』を飛ばし読みした。

日本とフランス 二つの民主主義 (光文社新書)

日本とフランス 二つの民主主義 (光文社新書)

勉強する前にちょっと、と思って30分くらい飛ばし読みしてみた。が、その後、読むのは止めたものの、変な政治的妄想が頭から離れずに勉強に集中できなかった。なので、でここで書いてみることにした。基本的に、この著作とは関係ない内容なのであしからず。

でもいちおう、つまみ読みでも許される範囲内で、本の感想を。

ちゃんと読んでないけど、なかなか面白そうである。最後の一文は印象的だ。

日曜日に買物さえできないようなフランスは、何かと不自由だ。ただ、問題は、どのような自由が真に守るべき自由であって、どのような不自由が犠牲にしても惜しくない不自由なのかということであろう。われわれは、その判断を真面目に考えなければならない。もちろん、必ずしも平等主義が自由主義よりも優れているわけではない。だからこそ、的確な事実認識に基づく選択が重要なのである。

こういう発想は、社会学者には馴染み深い問題意識だろう。確かに社会保障政策でも、労働政策でも、こういう視点から物事を考えることは必要だと思う。がんばれ社会学者。

ただ、経済学、福祉国家論、リベラリズムの観点から、それぞれ突っ込みが入るであろう記述も散見される。以上が感想である。こんなんですみません。

さて、この本を読んで私が考えたのは、これからの日本の左翼勢力が、いかに著者の問題意識を受け止め、さらに各方面からの突っ込みもきちんと受け止め、その上に政策論を練り上げていくべきか、ということだ。といっても今の私に(おそらく一生?)そんなデカいことを成し遂げる力はないので、せめてこれからの左翼のオピニオンリーダーが身につけるべき教養について考えてみた。ちょっとえらそうに背伸びをしているけれども、これらは今後の私の課題でもある。ちなみに、文中で左翼、左翼、と連呼しているのは、左翼の政治意識を煽るのが目的です。あまり気にしないでください。

1.経済学
まず、経済学は必須である。日本で今後、労働政策や社会(保障)政策の改革をひっぱっていくのは、間違いなく経済学だ。経済財政諮問介護の民間委員も経済学者(本間正明吉川洋伊藤隆敏八代尚宏の各氏)だし、民間出身の大臣も経済学者(竹中平蔵氏、大田弘子氏)だ。彼らの理論的バックボーンを理解せずして、有効な批判や対案を出すことは難しいだろう。

しかし問題は、多くの左翼にとって経済学は敷居が高い、ということだ。学問的にも政策的にも扱う対象が経済学とかぶることが多い社会学や社会政策学や社会福祉学マルクス経済学を研究する人たちは、経済学者の書いた本・論文や、経済思想系の本を読むことはあっても、経済学を基礎から地道に勉強したことがない人たちが多いように思われる。だから、経済学者の言うことをきちんと理解できないまま、巷にあふれる「経済学批判」本を安易に受け入れてしまうことが多い。その結果、「無差別曲線」「予算制約」「効用最大化」が何を意味するのかもきちんと理解していないのに「合理的個人の仮定は非現実的だ」とか「新古典派経済学は市場における権力の働きを無視している」とか「新古典派経済学には歴史がない」といった経済学批判を安易に鵜呑みにしてしまう。これらの「経済学批判」は、経済学を学んだものにとっても一定の説得性があるはずなのだが、経済学の基本的な考え方を理解した上でそれらの批判と向き合うのか、それともなんとなくそれらの批判を受け入れるのかでは、全く違う。そして、経済学をきちんと学ばない左翼は、経済財政諮問会議に代表されるような一部の目立つ経済学者の「政策提言」だけを聞いて、「やっぱり経済学はダメだ」とか思ってしまったりする。そのくせ、ケインズもろくに読んでないくせに(私もです、スミマセン)、「ケインズ主義的福祉国家」などと平気で口走ってしまう。

私が偉そうに言えることではないが、これではダメだ。経済学の勉強法は、基本的に受験数学と同じだ。この点が社会学政治学とは決定的に違う。退屈な反復演習の中で少しずつ「習得」していくしかない。それなりの読書力があれば最初からそれなりに理解でき、左翼にとってエキサイティングなことがたくさん書かれている社会学政治学とはここがまず違う。そして多くの左翼は、ここで経済学を学ぶことを躊躇するだろう。私の学部時代も同じだった。経済学理論や統計や数学の無味乾燥な反復演習をほっぽりだして、自分の問題意識を強く喚起する、エキサイティングな社会学福祉国家論の本や論文を読みたくなったものだ。

ただ、私はもともと高校時代は大学受験も理系で受けており、数学や物理も好きなほうだった(受験は落ちて、経済学部に入るべく文転したけど笑)。そしてなにより入った学部が経済学部だった。そのおかげで、無味乾燥な反復演習もそれなりに続けてきた。そしていろいろ迷ったあげく、大学院では社会学的な福祉国家論を学ぼうと社会学研究科に進んだが、大学院でも経済学の授業をとり続け、今では政策分析には経済学の知識は欠かせないとより強く認識するようになった。

そしてこの認識は、社会学と経済学の間で揺らいできた私個人だけでなく、社会学政治学的な観点から社会政策や福祉国家を研究すると腹に決めている人にとっても同じであるべきだ。なぜなら、経済学と領域が重なる分野を研究している社会政策研究者や福祉国家論者は、よく経済学者の研究に言及する。しかし、その経済学的研究に対する理解があやふやであったり、きちんと理解できないとすれば、それは研究上の大きな壁になるだろう。社会学者は経済学の「たこつぼ化」や「過度の専門化」を「社会学的に」批判することがあるが、批判する当の本人が経済学を理解できないのであれば、それもまた「たこつぼ化」の一種であることに自覚的であるべきである。特に学問領域が曖昧であることが売りの一つである社会学徒はなおさらである。

というわけで、特に社会学的・政治学的な社会政策論や福祉国家論を学んでいる、学ぼうとしている学生のみなさん、その問題意識を継続したまま、脳みその一部を受験生時代に戻して、こつこつと経済学を勉強して、左翼の地盤強化に努めましょう笑 左翼の経済学徒は、たまに他の学問を勉強しつつ、どうぞそのまま精進してください。

そこで経済学の勉強法だが、現在大学・大学院に所属している人ならば、大学の経済学のコースワークを是非利用するべきである。経済学は、一人でやるよりも授業でテストや宿題をしながらやるほうがスムーズにできる。特に経済学の勉強に対するモチベーションが低い社会学徒、政治学徒はそうであろう。社会政策論や福祉国家論の研究を志すならば、ミクロ・マクロ・計量経済学の基礎・中級レベルまでやりながら、公共経済学、労働経済学、医療経済学などの応用分野を勉強していくのがいいと思う。とにかく、こつは「当面は我慢して、受験数学と同じようにやる」ということだ。せっかくあの退屈な反復演習から開放されて、自由にエキサイティングな本を読めるようになったところを申し訳ないが、将来の日本の左翼の地盤強化のために頑張りましょう!笑。経済学の学び方に関しては、下記のウェブも参考になる。教科書は各種あるので、大学のネット上の講義ガイダンスなどを参考に選ぶのがいいだろう。計量経済学に関しては、荷が重いようであれば、とりあえず回帰分析の仕組みとt検定の仕組みだけでも理解すれば、それなりの実証研究をそれなりに理解できるようになるはずだ。モデルが理解できなくとも、結論や考察の部分を読めば、その計量分析が何を意図して行なわれたものであり、その結果がどうだったかくらいはわかるようになるはずだ。経済学の勉強の仕方については、下記のサイトも参考になる。応用経済学的な財政・政策分析の本や論文は腐るほどあるので、ここでは割愛します。

「大学での経済学の学び方」
http://www.e.u-tokyo.ac.jp/~iwamoto/Courses/HowToSurviveEconUnderGradMajor.html

「大学院での経済学の学び方」
http://www.e.u-tokyo.ac.jp/~iwamoto/Courses/HowToSurviveEconGradPrg.html

「経済学の学び方(学部編):一般的ガイダンス」
http://www.econ.hit-u.ac.jp/~edu/jpn/info/undergrads/2_1studyF/study0.html


かといって経済学ばかりをやっていたら、左翼的な問題意識や政策提言を醸成・洗練させることができないかも、と思う人もいるかもしれない。私もそう思う。そういう人は何を読むべきか。まぁ社会政策論や福祉国家論を学んでいる人たちはそっち方面を専門として勝手に勉強するからいいとして、その他の文化左翼はどうするべきか。私は二つ、とっかかりとして有効なものがあると思う。一つはエスピン・アンデルセン福祉国家論であり、もう一つは非主流派財政学である。両方とも不勉強ではあるのだが、簡単に紹介する。

2.福祉国家
エスピン・アンデルセンは、『福祉資本主義の三つの世界』で社会学政治学界隈で一気に有名になった人であり、ここ日本でも、一部の経済学者や官僚が取り上げるほどまで有名になった。しかし、「三つの類型論」ばかりが先行し、彼の業績や学問的なルーツがきちんと知れ渡っているわけではない(最近はそうでもないのかもしれないが)。私も最近はこっち系をほとんど勉強していないのであまりえらそうなことはいえないが、エスピン・アンデルセンやその近辺を読めば、『日本とフランス』本で取り上げられている社会政策や労働政策の話が、より学問的にしっかり議論されていることが分かると思う。

個人的なうろ覚えの感想にすぎないが、エスピン・アンデルセンの面白いところは、T.H.マーシャルの社会権論、ティトマスの福祉国家類型論、階級政治論など、社会学政治学、社会政策学の議論にバランスよく目配せしながら、数量データに基づいた実証的な「比較福祉国家論」の方法を確立したところだろう。日本にもエスピン・アンデルセン以降、彼の業績をベースにした多くの福祉国家研究がでたが、まずは本人の本を読むことをお勧めする。これもうろ覚えで上手く文章にできないのだが、とにかく読んでて面白いのだ。初心者が最初に読むべきは、日本向けに数本の論文を編集した『福祉国家の可能性』か「脱商品化」「脱階層化」に加えて「脱家族化」の指標も提示した『ポスト工業経済の社会的基礎』だろう。前者には、EUのリスボン・サミットに対して提出されたという有名なEU委嘱論文の他、興味深い「社会学」論も載っている。

彼の議論を出発点に、マーシャルの社会権論、ティトマスの社会福祉論、選別主義・普遍主義論争などの社会学的な社会政策論特有のトピックを学ぶのもいいだろう。そして当然、日本の福祉国家のあり方を国際比較の観点から考察するにも、彼の論考は必読だろう。ちなみに、あの辛口の評論家の山形浩夫氏も珍しくエスピン・アンデルセンを絶賛している。山形氏の、社会学者では絶対にこうは書かないであろう、見も蓋もない要約もわかりやすくて面白い。
http://cruel.org/sight/sight05.html
http://cruel.org/bk1column.html (第一回の真ん中あたり)

福祉資本主義の三つの世界 (MINERVA福祉ライブラリー)

福祉資本主義の三つの世界 (MINERVA福祉ライブラリー)

ポスト工業経済の社会的基礎―市場・福祉国家・家族の政治経済学

ポスト工業経済の社会的基礎―市場・福祉国家・家族の政治経済学

福祉国家の可能性―改革の戦略と理論的基礎

福祉国家の可能性―改革の戦略と理論的基礎

転換期の福祉国家―グローバル経済下の適応戦略

転換期の福祉国家―グローバル経済下の適応戦略

労働市場の規制緩和を検証する―欧州8カ国の現状と課題

労働市場の規制緩和を検証する―欧州8カ国の現状と課題


あと、もっと政治学よりの税制に関する本を三冊。どれも面白いし、「日本とフランス」本でもちょっと取り上げられてる「税制」について政治学的に分析している。

税制改革と官僚制

税制改革と官僚制

Regressive Taxation and the Welfare State: Path Dependence and Policy Diffusion (Cambridge Studies in Comparative Politics)

Regressive Taxation and the Welfare State: Path Dependence and Policy Diffusion (Cambridge Studies in Comparative Politics)

3.非主流派財政学
なんだか息切れしてきた。この非主流派財政学とは、東大を中心に、マルクス主義財政学とか、財政の歴史分析とか、財政社会学とか、そういった試みを行なっている財政学グループだ。いまはあまりマルクス主義を掲げている人はいないと思うけど。有名どころでは、神野直彦氏と金子勝氏だろう。特に神野直彦氏は、地方財政改革には大きな影響を与えており、平成19年からの所得税から地方住民税への税源移譲
http://www.soumu.go.jp/czaisei/pamphlet/060510_1.html
はもともと神野直彦氏が提唱していた案を採用したという(これは総務省の岡本全勝氏が述べていたので間違いないと思う)。主流派経済学のめんどくさい反復演習をしていなくてもとりあえず読める地道な実証研究が多く、財政学であるだけに社会学政治学的な福祉国家論よりも具体的な財政・政策分析が多く、基本的に左翼だし、政策分析や政策提言に興味を持つ左翼には最適と言えるだろう。また、方法は違えど同じ「財政学」で学会もかぶっているし、福祉国家論とは違い、主流派財政学とも多少の交流があるようだ。

このグループの特徴は、師匠と弟子と親戚が集まって活発に共著本を出版することで、一連の神野・金子の政策提言本もその伝統に則っているように見える。神野・金子本の共著者もそれぞれ本を出しているし、彼らの師匠あたりを辿っていくと、福祉国家財政研究とかがたくさんでてくる。彼らの特徴は、確固とした理論枠組みを持たず、ひたすら地に足のついた実証研究や歴史研究をやっていくところにある。そして、地方財政研究をその核の一つとして持っていることも特徴である。最近の金子勝氏は、やや(というかかなり?)逸脱した感があるけれど。まぁ私は林建久とか加藤榮一とか佐藤進とか、神野・金子の一世代上・二世代上のこのグロープの研究者の本はもちろんのこと、神野・金子氏の専門的な諸論文をきちんと読みこなしたとは到底言えないので、半分しったかということで話半分に聞いて欲しいが。

最近もいろいろ活発に出版しているけど、有名なのは神野・金子編著の一連の政策提言本だろう。それに神野氏の教科書とさらに2冊を加えて紹介する。

「福祉政府」への提言―社会保障の新体系を構想する

「福祉政府」への提言―社会保障の新体系を構想する

地方に税源を

地方に税源を

システム改革の政治経済学 (シリーズ現代の経済)

システム改革の政治経済学 (シリーズ現代の経済)

財政学

財政学

グローバル化と福祉国家財政の再編

グローバル化と福祉国家財政の再編

4.リベラリズムの政治哲学
次に、やはりはずせないのはリベラリズムの政治哲学。ロールズとかセンとか。まぁこれはド素人の私なんぞが書かなくても、きっと左翼は勝手に勉強してくれるはず。

5.マルクス
あとやっぱり、左翼の端くれとして、多少はマルクス知らないといけない。マルクスは、古典派経済学をきちんと勉強したのに、なんで今の日本の左翼は経済学をきちんと勉強しないんだろう。頑張ろうぜ左翼。

最後に。研究者志望の左翼の方々は、こんなにいろんな分野を読み漁ると、「広く浅く」になってしまって自分の専門分野がおろそかになってしまうので、こういったものは学部のうちに多少手を広げておいて、あとは研究の合間を縫って少しずつ補充してくのが好ましいかと。一般の左翼の方々は、経済学の反復演習とバランスよく適当に読んでいくのがよろしいかと。あとは、稲葉先生のように上記のどの分野にもそれなりに精通している啓蒙家が、「日本の左翼は何を学べばよいのか」といった類の本を書いてくれれば、日本の左翼の新しい時代が始まることは間違いない?

時間とりすぎた。。。このブログを読んだ若き学徒が、将来、日本の左翼の信頼できるオピニオン・リーダーになることを願っています(><)

*追記:と煽っておきながら、やはり左翼のみんながみんな経済学のプラクティカルな考え方に馴染みすぎて左翼らしいラディカルさが失われてしまうのもつまらない、とも書いておく。そこらへんのキョリやバランスの取り方は、それぞれの立ち居地や問題意識によって異なってくるとは思う。杞憂だと思うけど。。。

関連エントリ:
『左派こそが、財政・税制をきちんと勉強しなければならない』
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20060218#p1
メーデー雑感+加藤淳子(2003)『逆進的租税と福祉国家』』
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20060502#p1