研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

母子加算の廃止と労働・出産インセンティブ

まずは予備知識として。

『財政審建議 歳出削減、聖域なし 生活保護母子加算を廃止』(産経 11.22)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061122-00000000-san-pol

歳出削減については、社会保障の項目で、失業給付に関する雇用保険の国庫負担について、「廃止を念頭に抜本的な改革を行うべき」とした。また、生活保護手当の母子加算は「一般母子世帯との公平性から妥当とはいえない」と、就労支援を条件に廃止を求めた。

そして厚生労働省も。

生活保護費、母子加算3年で廃止 厚労省方針』(朝日 11.30)
http://www.asahi.com/life/update/1130/003.html?ref=rss

厚生労働省は29日、国費ベースで約2兆円の生活保護費を来年度予算で400億円削減する方針を固めた。一人親の家庭の給付に一律上乗せしている「母子加算」を3年で段階的に廃止する。また、持ち家に住んで生活保護を受けているお年寄りに対する支給をやめ、自宅を担保に生活資金を貸し付ける「リバースモーゲージ」制度を導入するなどして、国庫負担を削減する。04年度から段階的に廃止された老齢加算に続き、母子加算も廃止されることで、「最後のセーフティーネット」のあり方が問われそうだ。

そしてちょっと古いけど、厚生労働省の資料。

母子加算老齢加算の経緯等について』
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2003/11/s1118-3b6.html

生活保護制度の在り方に関する専門委員会及び福祉部会における母子加算に関する主な意見』
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/07/s0714-3a8.html

以上が予備知識。

で、この母子加算の廃止に対して、次のような反対意見が。

母子加算廃止」
http://d.hatena.ne.jp/lessor/20061201

生活保護とワーキング・プアとグローバル化についての書きなぐり」
http://d.hatena.ne.jp/Sillitoe/20061130

私はlessorさんが紹介している後藤氏の問題意識は正当なものだと思うし、ワーキングプアに合わせて生活保護水準を下げるということが正当なのかというSillitoeさんの問題意識も正当なものだと思う。

しかし、やはりこういう批判だけではダメな面もある。Sillitoeさんのコメント欄にも書いたが、私は知りあいの(基本的には左派的な)ケースワーカーの話を何度か聞いており、今の生活保護制度にいろんな問題があるのは事実だと感じている。

以下の話は、一人のケースワーカーからの伝聞であるので、もし他のケースワーカーさんで、「うちの地域ではそんなことはない」、という方がいたら是非コメントしてほしい。たった一人の都市部のケースワーカーの話なので、どれほど一般性があるのか私にはわからないので。ついでにlessorさんが紹介している後藤氏の視点によって、以下の「お金とインセンティブ」のみの話の偏りを中和して欲しい。

そのケースワーカーによると、母子加算によって母子家庭にはお金がけっこう入っていて、さらに子どもを生めば生むほど生活保護費に上乗せされているというのは事実らしい。20代で子どもが多いと、月々50万円受け取っているお母さんもいるらしい。これは間違いなく、お母さんの労働インセンティブを阻害するし、子どもを多く生むインセンティブにもなりうる。ちなみにこのケースワーカーさんによれば、生活保護を受けている母子家庭の子どもの数は平均的にみてもけっこう多いそう。子どもが4人、5人というのも珍しくないのだそう。これが事実だとしても、それが母子加算のせいかどうかは現時点ではなんともいえないが、生活保護を受けているお母さんの性行動だけから説明するのおそらく無理だろうから、母子加算の影響を受けていることが考えられる。

(ちなみに私は「規範」的に50万円が多すぎるとかそういう話はしていないので誤解なきように。ただの「事実」としてのインセンティブの話です。)

だから母子加算を一律に削減すればよい、とは私は思わないけれども(そのケースワーカーさんは、母子加算の加算額を人数が増えるごとに少なくすることなどを提案している)、こういう生活保護受給者の「性悪説」的モラルハザード問題を左派がきちんと問題視して改善策を提案してこなかったことも事実かもしれない。

他にも生活保護を受けている母子世帯の一部に関しては、生活保護受給者「性悪説」「性善説」に関係なく、きわどい話、難しい話がいろいろあるようで、そういう生活保護の問題点(とくに「性悪説」的なほう)を左派的、リベラリズム的視点からきちんと取り上げていかないと、これからも進む可能性が高い生活保護制度の縮減に上手く対案をだしていけないかもしれない。

しかし、子育てや教育は価値財(merit good)と見なして、貧乏人も金持ちも関係なく、その費用の多くを政府が賄うようにすれば、母子加算という選別主義的給付のめんどくさい話はだいぶ解消されるのではないだろうか。その分税金は上がるだろうけど。きっとこういう議論はたくさんあるだろうが、政治的にもそういう対立軸を作っていくべきではないだろうか。

なお上記の文章は、事実認識も制度理解も耳学問的なところが大きいので、間違いがあったら教えて下さい。