『ダーウィンの悪夢』を巡って
話題作、『ダーウィンの悪夢』が明後日からシネマライズで公開される。
http://www.darwin-movie.jp/
見てもいないし、劇場に見に行くヒマはないかもしれないけど、この映画に関するちょっと気になる文章を発見したので紹介しよう。
まずは長めの前置きから。
宮台真司は、『紀子の食卓』から入って『フラガール」をダメだしして『ダーウィンの悪夢』にも言及して生命倫理の話でオチをつけるという文章を書いている(この宮台氏の文章は前置きであって、紹介したい文章はもっと後に来ます。この文章自体も面白いけど)。
『フラガール』を含めた李相日の最近作は、人畜有害なカオスの一歩手前まで描きながら、不思議な収束を示す。そのことを切り口に〈世界〉ならざる〈社会〉の未規定性を考える
http://www.miyadai.com/index.php?itemid=418
この論考で宮台真司は『ダーウィンの悪夢』について次のように論じている。
■フーベルト・ザウパー監督『ダーウィンの悪夢』(04)を観た者は、いずれの肩を持つかにかかわらずこの神学論争の根源的意味に触れるだろう。このドキュメンタリー映画は、タンザニアのヴィクトリア湖に放たれたバケツ一杯のナイルパーチが何を招いたかを描く。
■タイトル「ダーウィン」は、人類発祥の地である湖周辺がエデンの楽園の如き多様性の宝庫ゆえに「ダーウィンの箱庭」と呼ばれることと、冷戦体制終焉後のグローバル化がもたらした優勝劣敗的状況が「社会ダーウィニズムの実現」と呼ばれることを、二重に指す。
■半世紀前に放たれた肉食外来魚ナイルパーチが大増殖し、2000年タンザニア飢饉で知られる砂漠化の進行を背景に、湖周辺で魚加工業が一大産業化した。消費地は日欧で、日本でもかつて白スズキの名で売られ、今も西京漬けや味噌漬けとして大量消費されている。
■湖岸の繁栄ゆえに民衆が押し寄せる。だが舟がないと漁はできず、工場労働の口は僅か。貧民化して、女は娼婦、男は兵隊、子供はストリートチルドレンになる。貧民はアラ(工場のゴミ)を食べるが、アラの処理場で働く女は発生するアンモニアで眼球が溶け落ちる。
■エイズが蔓延し、飢えた子はナイルパーチの梱包材を溶かして吸引する。戦争がないと生活できない男らは戦争を切望する。周囲にはコンゴやルワンダやスーダンの紛争があり、欧州に魚を輸送する飛行機は、欧州から武器を満載して飛来し、関係者は袖の下を潤す…。
■監督が語る。《同じ内容の映画をシエラレオネでも作れる。魚をダイヤに変えるだけだ。ホンジュラスならバナナ、リビアやナイジェリアやアンゴラなら原油にすればいい。…最高の資源が見つかった場所の全てで、地元民は餓死し、息子は兵士に、娘は娼婦になる》。
■《この死のシステムに参加する個々の人間は悪人面をしてないし、多くは悪気がない。あなたも私も含まれている。…グローバル化された人間のジレンマ…》。そう。アフリカの受難史は、(1)奴隷の時代、(2)植民地の時代、(3)グローバル化の時代、と変遷してきた。
■90年頃に東西冷戦が終了。社会主義が淘汰されて資本主義が生き残った。まさに適者生存。グローバル化が始まった。IMFや世銀が「市場を自由化し、政府を縮小すれば、豊かになる」と説き、結果、自立的相互扶助のシステムは崩壊し、公共サービスは荒廃した。
このような「先進国の豊かな消費ゆえの途上国の貧しさ」あるいは「先進国の豊かな消費を支える途上国の貧しさ」という図式は、日本でも鶴見良行『バナナと日本人』、村井吉敬『エビと日本人』、石弘之『地球環境報告』『地球環境報告Ⅱ』(いずれも岩波新書)など、何回も反復されてきた図式である。この流れは、今もオルター・トレードジャパンが編集している『季刊at』などに脈々と受け継がれており、世界的なフェアトレードの流れと結びつき、けっこう勢力を巻き返している観がある。季刊atは今まで5冊でているが、そのうち、三冊の特集は「バナナから見える世界」、「コーヒーと世界システムと対抗運動」、「その後の『エビと日本人』報告」であり、題名だけみても鶴見ー村井ラインの継承であることがわかる。(ちなみに蛇足だが、この雑誌には上野千鶴子の「ケアの社会学」やフィリピンからの出稼ぎ労働者関連の論文も連載されており、日本の介護保障について考えるのにも有益である。)
また海外でも、スーザン・ジョージ『なぜ世界の半分が飢えるのか』や最近では(未読だけど)ナオミクライン『ブランドなんか、いらない―搾取で巨大化する大企業の非情』などの多国籍企業批判の流れがあり、フェアトレード運動や世界社会フォーラムの流れと結びつき、今や世界的な左派運動の一大潮流となっているっぽい。
一方、この種の反グロバリ系の運動や言論に対する批判も根強く存在し、このブログでもマンキューやクルーグマンなどの経済学者からの反グロバリ批判を紹介したり、山形氏が訳したthe economistの記事を紹介したりしてきた。私はもともと反グロバリではないものの、鶴見良行や石弘之の影響を浪人時代にかなり受けたので、その路線を維持しつつも、これらの批判によっていろいろ中和されたり考えさせられたりしてきた。
こういう途上国関連のエントリ一覧。
http://d.hatena.ne.jp/dojin/archive?word=%2a%5b%c5%d3%be%e5%b9%f1%5d
で、前置き終了で、短い本題。
『ダーウィンの悪夢』について、知りあいのブログを通じて次のような批判があるのを知った。
フーベルト・ザウパー監督による映画『ダーウィンの悪夢』について
http://www.arsvi.com/2000/0610fm.htmダーウィンの悪夢
http://jatatours.intafrica.com/habari49.html(追記)"Mazingira ya Ziwa Victoria"― ビクトリア湖の環境問題 ―
http://jatatours.intafrica.com/habari47.html
これらの文章は、クルーグマンやマンキューやthe economistとはちょっと違う意味で、ジャーナリズムや社会運動における図式的な貧困問題の取り上げ方や、それに煽られて途上国の貧困を誤ったイメージで理解してしまうことの問題点について指摘していて、いろいろ考えさせられる。まぁこういった「貧困やその原因に関する情報が正確に伝わっていない(かもしれない)」という問題自体も昔から反復されてきた問題だし、そういう意味では目新しさはないが、目新しさがないだけに、途上国の貧困を理解することの難しさを改めて感じる。これは現地に住んでいたって同じだけど。だから『ダーウィンの悪夢』は間違いだらけのデタラメ映画だ、とか見てもないのに言えないけど、これらの批判を念頭に多少気をつけて見る必要があるだろう。
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