研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

mojimojiさんの議論を読んで 


1.『障害者自立支援法について反論する』を読んで

障害者自立支援法について反論する』(モジモジ君の日記。みたいな。)
http://d.hatena.ne.jp/mojimoji/20051115
を読んだ。

長時間介護が必要な人たちのために、一体どれほど金がかかるのか。自立支援法の在宅・施設合わせた国の予算の全体は8000億円です。そのうち、900人ほどいる「長時間介護で月100万円以上使っている障害者」の使う予算は0.8%、逆算すると70億円くらいになります*2。

ヘルパー予算全体でいくと、日本全体で国900億円+地方900億円=合計1800億円となります。これが大きいか小さいか判断しづらいと思いますが、それでも支援法予算の10%強に過ぎないことは注意してよいでしょう。さらに、障害施設予算1兆2000億円(国・地方各6000億円)の方と較べると、事情が分からない人でも薄々おかしさが分かってくるんじゃないでしょうか。

*2:だいたいこの手の予算は国と地方で半々負担ですから、地方自治体の負担がもう70億あって、総額140億円かかっていることにはなりますね。

その通りだと思う。数字に関してはもっと細かくみていく必要があると思うが、障害施設予算:ホームヘルパー予算が1兆:1800億というのは、どういうことなのだ、と素朴に疑問に思う。だから本文とは順序が前後するが、

別に、ALSの人や重度脳性麻痺者を、「障害者全体で一番数が多い」というような意味での代表として扱っているわけではないでしょう。なぜ彼らが前面に出るかといえば、長時間介護の保障が途切れたら、文字通りに命に関わるのがこの人たちだからです。重度障害者の存在は、提案された自立支援法案に対する「反証」です。数の多寡は問題ではありませんし、代表的な障害者かどうかなんて議論になぜなるのかが不思議です。平均的な障害者が暮らせても、「極端な」障害者が暮らせなければ、そんな制度は失敗だからです。

その上で、厚労省は「配慮」と言う。しかし、それならなぜ法案に明記しないのか。以前から、実際の地方自治体相手の介護時間交渉では、ボランティアを探せだの、家族が介護できる時間を聞いてきたりだの、そういうことが当然のように行われる。厚労省の言う配慮というのが、今まで行われてきたこうした「配慮」以上のものになるとは到底期待できないわけです。不安や反発が生じるのも当然でしょう。

これもまさにその通り。勉強になりました。

ただ、最後のこの部分についてちょっとだけ。

さらに言えば、そもそもデフレ放置している人たちが、「財源が足りないんです」と言って、もっとも困難な生活をしている人の負担を増やそうなどというのは、そもそも出発点からして間違っているように思います。先にデフレを退治して母体となる経済が息を吹き返してからやればいいものを、それをしないで無茶な財政再建を企図して、挙句出てくるのが「障害者の負担増」とか、まったく理解ができません。なぜマクロ経済学者と一緒になって「リフレをやれ、でないと仕事になりません」と怒らないのでしょうか。なぜ、財政プロパーの経済学者は、リフレを考えないでわざわざ厳しい状態から財政再建を構想しようとする人が多いか、不思議に思います。

景気がよくなってからの財政再建が望ましい、というのは分かるとしても、経済がよくなったら必要な財政再建の条件が緩くなるというのは正しいのだろうか。

2.景気と財政収支ギャップの関連についての財務官僚の分析
このことについて、最近、財務省主計局の役人が本を出した。

『決断!待ったなしの日本財政危機―平成の子どもたちの未来のために』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4887136234/qid%3D1132123511/249-6982822-9389117

その中に、「バブル崩壊後の収支ギャップ拡大は主に構造要因であって景気循環要因ではない!」(pp.31-38)という節があって、「わにの口」と呼ばれるバブル崩壊後の収支ギャップ要因を分析している。

*「わにの口」とはこれのことです。
http://www.mof.go.jp/zaisei/con_02_g02.html

彼の議論を非常に大雑把にまとめると次のようなものである。

収支ギャップが開きはじめる平成2年(1990年)から平成15年(2003年)までに、国の歳出は約13兆円増えているのに対して国の歳入は約16兆円減っている。このうち、国の歳出増13兆円に寄与したのは、

社会保障関係費が約6割(*そのうちほどんどが社会保険費)
②公共事業関係費が約2割
地方交付税交付金等が約1割
国債費が約1割

であり、構造要因がほとんどである。さらに、単純な実額の伸びではなく名目GDP成長率を越える伸びに注目すると、

平成2年度の名目GDPは450.0兆円、平成15年度の名目GDPは501.3兆円であり、この間+11.4%伸びています。この伸び率を越える歳出増は、全体で+5.3兆円であり、これに対して各経費の増額のうち+11.4%相当額を超える部分の寄与度を計算すると、社会保険費の寄与度だけでなんと132.2%(社会保障関係費では131.9%)と100%を大幅に超えてしまうのです。このデータの意味するところは極めて重要です。すなわち、歳出増加の本質的な要因は、まさに社会保険費(社会保障関係費)という構造要因にほかならないといえるのです。(p34)

次に歳入増16兆円に関しては、

①減税分が6兆円
バブル崩壊による資産デフレの影響による所得税法人税の減少分が10兆円

であり、これも構造要因がほとんどである。

だから、

平成2年の税収60.1兆円は、バブルの”あだ花”ですが、その後の税収の落込みを景気回復で相当程度取り戻すことができるのではないかと期待する向きもあります。しかし、この税収の穴は、バブルの再来を期待しない限り、かつまた増税を実施しない限り、現時点における景気の回復だけでは決して復元しないのです。(p37)

彼の分析の是非を専門的に議論する能力は私にはない。しかしこの議論が正しいとするならば、たとえデフレから脱却しても、財政再建への厳しい圧力はほとんど変わりなく続くことになる。

では歳出削減にしても社会保障費以外の削減でなんとかしろ、と思うかもしれないが、

・『税のはなしをしよう。』をネタに社会保障と財政について考える。
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20051108

で考えたように、それでは足りない可能性が高い。

3.歳入改革よりも歳出改革が先?

では社会保障費を守るために増税だ、となるのだが、最近も谷垣財相の消費税増税路線に対して竹中氏らが一斉に反対しているように、

竹中氏「増税を先にやれば失敗する、まず資産売却を」
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20051113STXKA014613112005.html

政府筋やエコノミストたちは「歳出削減の前に増税をすると、財政再建は失敗する」との主張から、とにかく歳出削減を徹底しようとするのだ。

ちなみに、「増税を先にやれば失敗する」との主張の学問的裏付けはここらへんらしい。

Alesina and Perotti"Fiscal Adjustments in OECD Countryies:Composition and Macroeconomic effects"
http://ideas.repec.org/p/nbr/nberwo/5730.html

この論文によると、戦後OECD財政再建を調べたら、成功したケース(16例)においては、プライマリーバランスに対する影響のうち、歳出削減の効果が73%、増税の効果が28%であり、失敗したケース(46例)においては歳出削減の効果が44%で増税の効果は56%だという。つまり、財政再建において増税に多くを頼ろうとすると失敗することが多い、ということだ。

さらにこの論文は、財政再建の成功例と失敗例において、歳出削減の内訳がどのように違ってくるかも調べている。それによると、成功したケース(16例)においては、失敗したケース(46例)よりも、より徹底的に社会保障関係費と公務員給与を削減している。具体的には、成功したケースでは、歳出削減の内訳において、社会保障関係費削減は23%、公務員給与削減は27%であるのに対し、失敗したケースで社会保障関係費削減は13%、公務員給与削減は5%にすぎない。

私はこの論文を(上記のデータ部分以外)まだ読んでいないし、この論文近辺にはこういう分析がいろいろあるのだろうから、さらなる検討が必要だろう。だけど、そもそもOECD中トップクラスの「小さな政府」である日本の財政改革において、この研究の成果をそのまま適用するのは妥当だろうか。社会保障関係費も公務員人件費も、日本はもうすでに先進国中で最も低いグループに入るのである。

4.まとめ

ふらふらといろいろ書いてきたが、いいたいことは、政府の社会保障費削減路線に反論するには、景気の話だけではどうしようもないし、社会保障費以外の歳出削減だけでも難しい。やっぱり増税の話が必要ではないか、ということだ。

もちろん、リフレ派の人たちが「景気がよくなれば財政なんてなんとかなる」という素朴な考えを持っているわけでは全くないけれど、私は「景気はよくなったけど、歳出削減、社会保障費削減への圧力の厳しさは変わりませんでした」という事態になることを恐れる。もちろん、増税などは景気がいいときのほうが政治的にやりやすいだろうから、マクロ経済学者には景気に関する議論を大いにやって欲しいと思いますが。

社会保障費の削減をできるだけ回避しながら、①非効率な行政組織の改革と②非効率な歳出構造の改革と③経済と弱者に配慮した適度な増税を同時に行うという改革スキームはないのだろうか?
関連項目:
・『税のはなしをしよう。』をネタに社会保障と財政について考える。
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20051108

・歳出改革による痛み
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20050923

・結局は感受性の問題なのか。
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20050725