研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

むやみに経済学を批判してはいけない。

本田由紀さんが、ブログのコメント欄で経済学にけんかを売っている。

http://d.hatena.ne.jp/yukihonda/20051206

残念ながら、完敗である。経済学を甘く見すぎている。稲葉さんや田中さんが一生懸命啓蒙しようとしている「モデル」の意味については何も言うことはない。それよりも問題だと思うのは、貼り付けてあるメール文章が前提としている「経済学=市場のロジック」という考え方である。

経済学とは今や、市場のロジックというよりも、人間行動や企業行動や政府行動のロジックを抽象モデルを用いて考察する学問だ。だから、貼り付けてあるメールでは

これまでの日本社会は、外部労働市場で形成される価格とは切り離して正規労働者の賃金を高めに決定することで、社会的安定性を図ってきたわけで、それは単純に経済学のロジックだけで切れるものではなく、社会総体を見据えた議論が必要です。社会学的には、これまでの日本における非正規労働者は主としてパートタイマー(「主に家事」)かアルバイト(「主に通学」)であって、それをあえて市場のロジックに基づいて正社員と均等待遇しなければならない必然性が乏しかったということでしょう。

と書いてあるが、経済学の抽象モデルが注意深く構築されれば、この現象だってある程度までは経済学だけで説明できてしまう可能性もあるのだ(もうすでにされているかも??)。いま経済学で一つの争点になっているらしいのは、人間行動や企業行動や政府行動の抽象モデルを組み立てるときに、これら経済主体の「行動原理」をどのように設定したらいいか、ということだ。例えば、アカロフの講義を紹介しているkaikajiさんのブログを参照のこと。

ケインズ経済学の逆襲!』
http://d.hatena.ne.jp/kaikaji/20051118#p2

従来からニューケインジアンが取り組んできた「ケインズ経済学のミクロ的基礎付け」とは、通常効用関数などミクロな経済主体の行動原理の導出においては基本的に新古典派のものを踏襲した上で、ケインズ的な結論(その多くは賃金および価格の硬直性を指摘すること)を目指すのに対し、Akerlof=Krantonのプログラムは社会学や実験経済学の知見も動員して、経済主体のミクロ的基礎付けの前提自体をより現実的な方向で見直そう、というより野心的でスケールの大きいものである。

経済学者もがんばってるじゃん。だから経済学理論を安易に批判して経済学を貶めるのは生産的ではない。むしろ警戒すべきは、理論的には「価値自由」を標榜しているはずの経済学者が、無自覚もしくは自覚的に規範的な政策提言を行うときだ。その政策提言が、いったい現実の世界においてどういう帰結を生むことになるのか、それには注視しておく必要がある。これは経済学者じゃなくても同じなんだけど。

残念ながら、経済学を知らない人たちのナイーブさを嘆きながら、実にナイーブな価値観を持つ(と私には思われる)経済学者はたくさんいるように思われる。そういう連中には警戒しなければならない。(警戒したところでどうにもならないことも多いし、資源の希少性と効率志向の市場経済を前提にする限り、彼らの言い分に理があることも多いのだが。。。)

ナイーブな価値観を持つ経済学者がたくさんいることは、現在の経済学理論がある側面において非常にナイーヴであること(例えば、「効用関数の主体」以上の存在になれない人間観)とまったく無関係ではないだろう。だけれども、そこを責めるのは今の段階では難しいと私は思っている。

それは結局、オタクとギャル(男)の間で、がり勉優等生と遊び人の間で、ウヨとサヨの間で、下層ブルーカラーと上層ホワイトカラーの間で、それぞれコミュニケーションの作法や共有する価値観がかなり違うことを批判することに似ている。けっこう無力である。

もちろん、学問の世界ではもう少し希望があって、主流派経済学においては、アマルティア・センアカロフスティグリッツのような天才たちが、経済学理論におけるある種のナイーブさをだんだんと克服してくれるかもしれない。

あと、あたりまえだが、どんなに天才的な経済学者たちが頑張っても、経済学的な方法論では考察できない事柄がたくさんあるのも事実だ。それに関しては、黙ってしこしこやればいい。何もやっていない私がえらそうにいうのも変ですが。。。
関連項目:
『経済学者に関するメモ』
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20050329
『政策エリートについて』
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20050411
『政策大学院と官僚制と福祉』
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20050417
『結局は感受性の問題なのか』
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20050725
介護保険の包括払いについて』
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20051016#p2