http://sicko.gyao.jp/http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20070908#p1
マル激でいろいろ議論されている。無料で見れます。
http://www.videonews.com/on-demand/331340/001149.php
あといろいろあるんだろうけど、私がチェックしたのはここくらい。ほかに面白いのがあったら教えてください。
「マイケル・ムーア映画+α評」
http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20070908#p1
基本的に
宮台→まぁよい。
森→9.11よりよい。
神保→ダメ。ムーアは終わった。
田中→よい
という評価らしい。
アメリカのサイトに飛ぶと、映画中に出てきたのも含めて、いろんなのありますね。読んでないけど、なんとなく雰囲気が伝わる気もする。
ちなみに映画の最後のほうで出てきたサイトはこれです。
ネタバレが嫌な人は映画見てから見るようにしましょう。
http://www.moorewatch.com/index.php
私の感想は、まぁ面白かったし、いろいろ考えさせられるところもあった。森さん(A、A2という秀逸なオウムのドキュメンタリーを作った人です)がいう「ドキュメンタリーに大切なメタファが戻ってきた」というのも、確かにわかるが、私はそういう評価はできないので、ただ映画に現れてきたアメリカの人々の話や映像が事実として興味深かった。それだけでも見る価値はあるとおもう。
ただ確かに、森さんや、神保さんも、このアンチムーアサイトも、このサイトで紹介されているabcニュースも槍玉に挙げているように、海外の医療制度の取り上げ方は、もうちょっと控えめ或いは中立的にやったほうがよかったのかも。明らかによい部分しか伝えてないし、そこが叩かれたんじゃあ、せっかくのアメリカの医療の深刻な現状を伝えるというところが霞んでしまう気もするし、アンチムーアに人たちにスケープゴートとして使われてしまうだけだ。プロパガンダのためにそうしたのだとしたら、かえって逆効果だったかも。そういうことはよくわからないけれども。ジャーナリズムの作品としてみたら、確かに神保さんがいうように酷いものなのかもしれない。
ただ、神保さんの日本や世界の医療制度の歴史や最近の動向についての認識の混乱がちょっと気になった。「このような皆保険礼賛の見方をすることによって、皆保険制度の財政の維持可能性や非効率性の問題が温存されないか」(大意)ということをいってたけど、皆保険やNHS(National Health Service:イギリスの税財源に基づく医療保障制度)のような普遍的な医療保障制度があるかないかというムーアの問題意識は、すでに皆保険制度やNHSのような普遍的な医療保障制度をいったん達成した国における、これらの制度の財政的な維持可能性や効率的な運用の議論とは(重なる部分はあるものの)基本的には別問題だ。少なくともムーアが問題にしていたのはそういうポイントではない。
ちょっと寄り道になるが、例えば、日本におけて「アメリカ型市場原理主義」の権化のように言われている八代尚宏氏の政策提言を見てみよう。
医療においては、「基礎的(伝統的)な医療」と、それ以外の「選択的医療」との境界線を明確にすることが真の改革への第一歩である。基礎的医療は国民全員で負担する公的保険で確実に保証し、また選択的医療は個人として負担する民間保険で対応することが、国民皆保険制度を維持するために不可欠である。その上で、公的保険の規模は経済全体の規模の一定比率を基準とするとともに、その範囲を超えた部分では、消費者が私的な費用でまかなう選択的な医療費との組合せを容認することが」必要である。
八代(2007)『「健全な市場社会」への戦略』p139
これだけでも十分過激に聞こえる人もいるかもしれないが、それでもなお、アメリカとはぜんぜん違うステージにいることが良くわかる。八代氏は、皆保険の存在を前提として、その持続可能な運営(と競争原理の導入による質の向上)のためにこそ公的保険と民間保険の二層化が必要だ、と主張しているわけであって(この主張の妥当性自体については論争がある)、皆保険制度を解体しろとまではいっていない。(本当は解体したいのかどうかは定かではないが、もし解体したいのだとしても、八代氏をしてもなお、それをはっきり言えないステージに日本はいるということであり、もし解体したくないのだとすれば、それは八代氏の認識が(ムーアの映画の中で出てきたカナダの保守党員と同様に)アメリカの保守派とは全く異なるものであることを意味しており、どちらにしてもアメリカと日本のステージの違いを物語っている。)
さらに八代氏は、事業所の民営化を前提に、公的介護保険に育児保険をくっつけて拡張しろ、とまで言っている。これもアメリカの保守派では考えられない提案ではないのか。
保育所への公的助成を利用者補助に転換するための具体的な仕組みとしては、障害者支援費のような税を財源とした特定者に対する福祉としてではなく、国民一般を対象とした育児支援に使途を特定化した財源を確保するためには、医療や介護保険のような社会保険の形態が望ましい。これは必ずしも新たな社会保険を設立する必要はなく、現行の40歳以上の国民と中途半端な年齢層となっている介護保険の被保険者を20歳以上に広げ、幅広い年齢層を対象として、育児と一体的に運用する「家族保険」とすることが可能である。これによって、医療や年金保険との整合性もとれるだけでなく、社会保険を通じた世代間の負担と給付の見直しにも貢献できる。
八代(2007)『「健全な市場社会」への戦略』p190-191
これもアメリカの保守派にはあり得ない提言ではないか。こういう提言を、日本では「市場原理主義者」が主張しているのである。
もちろん、日本でも八代氏のような論者に対しては左派から批判が多くある。しかしそれらの多くは、政府が平等・公平に保障すべき部分の境界を巡る争い(混合診療はどの程度認めるべきか、とか、自己負担が増える低所得者に対する配慮はどうするんだ、とか)や、その裏側でもある政府による財政負担の規模やあり方(税か保険か、どの税か、税率や保険料率はどの程度か)を巡る議論であって、皆保険を解体するか否か、というもっとも原理的な部分に対する議論では(いまのところ)ない。むしろ介護保険や育児保険など、公的・普遍的に保障されるべき「分野」自体の拡大については、八代氏は反対どころか推奨している。
一方、ムーアが(主にアメリカ人に)訴えかけてるのは、このような(より技術的な)議論の出発点となるような「政府を通じた社会連帯」の精神がアメリカは相対的に低い、ということだ。カナダ・イギリス・フランスの人々を登場させて、「社会連帯」とか「みなで支えあう」みたい医療保険やNHSの原理的精神の話をさせておいて、一方で、アメリカの惨状をこれでもかと見せ付けて、なおかつふんだんにアメリカ国旗を登場させているのは、彼なりの皮肉でもあると同時に、アメリカ人に対して、社会連帯の精神ってなんなの?とナショナリスティックに訴えかけているようにも読める。
その最たるものが、9.11の消防士たちのエピソードだ。9.11後の救援活動の賞賛や、彼らの救援活動後の身体的・精神的後遺症の治療のための政府援助や寄付活動を映しつつ、その5年後、十分なケアを受けられずに苦しむ(元)消防士たちが置かれている厳しい医療的現状を映し出す。そしてその彼らを引き連れて、アメリカ国旗を掲げながら、キューバに向かう。
まともなアメリカ人ならば、保守・リベラルを問わず、9.11後のアメリカの「社会連帯」の象徴的存在であった消防士たちの現在の苦しみに胸を痛めるだろう。そして「私たちアメリカ人にとって、社会連帯ってなんなの?なんだったの?ぜんぜん上手くいってないぢぁん」という疑問を浮かべるだろう。ムーアの狙いは、そういうところにあったように私は見えた。
アメリカにおいては、「社会連帯」とか「みなで支えあう」っていう行為は、そこに政府が一枚かもうとすると、すぐに「社会主義」にすりかえられちゃって話が進まず、カナダやヨーロッパとぜんぜん違うところに来ちゃってるよ、それでいいのですか?アメリカ人のみなさん?
ということをムーアは問いたかったのだろう。
でも「社会連帯」とか「社会的なもの」って難しいですね。
最近の関連エントリ:
「社会的企業と社会的権利(見たいな感じ)」
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20070829
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