1.「教育財政の社会学」あるいは「教育の財政社会学」
二年前に、それこそ生煮えの内容をいろいろメモっていて、そこで2004年の教育費の一般財源化問題(義務教育費国庫負担金の税源移譲問題)を取り上げた。
本書は、この当事者の一方(教育費の一般財源化反対派)による教育財政の社会学の研究書である。そして本書は、皮肉なことに、私見では、一般財源化賛成派である神野直彦氏が提唱する「財政社会学」に、教育分野で最も接近しているかもしれないと思えるほど、戦後日本の教育財政およびそれに影響を与えた社会・経済状況やイデオロギー状況の詳細な分析を行っている。
あとがきでも述べられているように、本書は教育財政の知識社会学的分析がメインであり、それこそが本書の面白さだ。それについては特にここでは書かない(というか書けない。。。)
だが一方で、統計資料の検討や統計分析も豊富である。例えばp228からp238までの統計分析の結果が興味深い。そこでは、1962年の学力テストでは明確に見られた財政力指数・1人あたり県民所得・小学生1人あたり教育費と都道府県別学力テスト平均点(小学校高学年および中学校高学年)との正の相関が2007年には見られなくなっている一方で、千人あたり生活保護率と学力テスト平均点との負の相関は1962年も2007年も変わらず見られることなどが指摘されている。
ちなみに1962年の学力テスト成績については、簡単な重回帰分析によって財政力指数、生活保護率、小学生一人あたり教育費いずれの係数も有意確率1〜10%で有意としているが、なぜか1人あたり県民所得は変数に含まれていない。1人あたり県民所得と学力水準の相関係数の大きさから見ても、この一つ変数に加えたらたぶん結果は大きく異なると推察される。
(また、エントリの趣旨から脱線するが、個人的に興味深かったのは、1962年と2007年の小学校・中学校の学力テストの都道府県別成績の相関係数の表(p232)において、07年の国語の成績は62年の国語の成績と相関はほとんど見られないのに対して、07年の算数・数学の成績は、62年の算数・数学の成績と一定の相関が見られることである。著書はここではむしろ国語に注目して「かつて存在した都道府県間の学力格差が大きく変化したことを示唆する」としているが、算数・数学をみると、都道府県間の学力格差は以前と似たような順位で存続しているようにも解釈でき、国語との違いが気になる。)
残念なのは、2004年の教育費の一般財源化問題については、ちらほらと言及されているものの、まとまった分析はほとんどなされていないことだ。これは、本書の分析を踏まえた著者の今後の研究に期待するか、推進派である神野氏およびその弟子の方々に期待したい。
ちなみに、教育費の一般財源化推進派である神野氏やその弟子の方々は、その正当性の論拠としてよくスウェーデンを引き合いにだす。2年前のエントリのリンク先から神野氏の発言を拾っていただければそれはすぐわかるし、その弟子たちが書いた『希望の構想』の第1章「地方分権改革への道程」(木村・宮崎著)には、「義務教育費の8割以上が都道府県支出金と市町村支出金によってまかなわれており、ごくわずかな義務教育国庫負担金の維持を通じて文科省が決定権限を保持することは『執行者原則』に反する」という趣旨の記述の後に以下のような記述がある。
すでに、スウェーデンは1991年の教育改革により教育の地方分権を推進し、93年の補助金改革で303億クローネにのぼる教育補助金を廃止している。そのスウェーデンにおいて、2001年の国内総生産に対する公的学校教育費の割合は6.3%に達しており、日本の3.5%の倍以上に達している。対GDP比でスウェーデンの6倍に達する私的教育費(1.2%)を注ぎ込んでも、ようやく4.6%に達するに過ぎない。つまり、地方一般財源によって教育費が減る、という考え方は成り立ち得ない。
(p84 漢数字は数字に直している)
- 作者: 神野直彦,井手英策
- 出版社/メーカー: 岩波書店
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2年前のエントリのリンク先の神野氏も同様の主張をしているが、これはいささか強引な論理と言わざるを得ない。第一に、スウェーデンにおいて教育費の一般財源化が公的教育費の増加に寄与したという検証結果が示されいない。ただスウェーデンに「一般財源化が進んでいる+公的教育費が高い」という事実があるだけならば、そこから「(日本において)地方一般財源によって教育費が減る、という考え方は成り立ち得ない」という結論は導き出せない。また、教育費の一般財源化が公的教育費の増加に寄与したという事実がスウェーデンであったとしても、それがスウェーデンとは多くの点で状況が異なる日本でも成り立つ可能性が高いのかは別途検証する必要がある。
2.ついでに「教育財政の経済学」
ちなみに、スウェーデンでは「91年と93年の教育の分権化が公的教育費の増加に寄与したか否か」の検証がなされているのか。実はスウェーデンの公共経済学者が「91年と93年の教育の分権化が地域別公的教育費に与えた影響」を検証した論文が、"Economics of Education Review"という雑誌に2008年に発表されており、それを読むといろいろわかる。
そのワーキングペーパー版は無料で読める。
Ahlin&Mork"Effects of decentralization on school resources"
http://www.ifau.se/upload/pdf/se/2005/wp05-05.pdf?lid=/upload/pdf/se/2005/wp05-05.pdf要約
Sweden has undertaken major national reforms of its schooling sector which,consequently, has been classified as one of the most decentralized ones in the OECD. This paper investigates the extent to which local tax base, grants, preferences and structural characteristics affected local schooling resources as decentralization took place. We use municipal data for the period 1989–95 which covers the key reform years without confounding decentralization with institutional changes after 1995. The main arguments against decentralization are not supported by our findings. First, school spending as well as teacher density is found to be more equally distributed across municipalities following decentralization. Second, local tax capacity does not influence schooling resources more in the decentralized regime than in the centralized regime. We also find that the form in which grants are distributed matter: Targeted grants have a significant positive impact on resources while general grants have not.
この論文の前半部分を読む限り、93年の補助金改革を契機に教育費が増えたという事実はなく、(おそらく)補助金総額の減少によってむしろ一人当たり教育費は減少したという。
As can be seen from the figure, spending per pupil decreased when the grant system was changed in 1993. This might be an effect of the reduction in total grants in connection with the reform; mean grant dropped, in real terms, from 12 800 in 1992 to 8 000 in 1995 (2001 prices).
(p14)
ただし、これは時系列でみた趨勢であって、この時期の景気などの影響をコントロールしていない(この改革時期のスウェーデンの景気は悪く、当然財政状況もよくない)ので、これをもってして補助金改革が教育費を減少させたと言えるかどうかは別問題だ。
で、それらもろもろの影響を加味した上でのパネルデータ分析の影響の結果はというと。。。
Taken together, our results indicate that not much happened when the school sector was decentralized. Our results thus show that it is possible to decentralize schooling without making municipalities more sensitive to local income, given that decentralization is combined with an ambitious equalizing grant system and a common curriculum. It could however be the case that the allocation of school resources has become more efficient after the reforms. We hence need more research focusing on efficiency aspects to better understand the reforms. This is however not trivial. Studying the allocation of resources within the school sector could be one way of doing this.
(p34)
ということで、91、93年の教育の地方分権化によって、少なくとも教育費の水準については特にたいしたことは生じていないのではないか、というのがとりあえずの結論のようだ(ただし本論分の主な分析対象は国全体の教育費水準ではなくて自治体の教育費水準であることに注意)。いささか拍子抜けだが、そういうこともあるだろう。
注:この論文については、昔ちょっと読んだときのおぼろげな理解を元に本エントリを書いているので、より正確な内容および詳細についてはワーキングペーパーそのものをきちんとチェックして頂きたい。