研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

「福祉国家という危険な幻想」という幻想

EU労働法政策雑記帳」経由で

福祉国家と言う危険な幻想
http://agora-web.jp/archives/1069245.html

というエントリおよびコメント欄を読んでむなしい気持ちになったあとに、

日本の選挙戦の報道について(byスウェーデンの今)
http://blog.goo.ne.jp/yoshi_swe

を読んで少し回復する。

前者の議論がなぜ十分でないかというと、議論の展開以前に、「競争を取り除いたり、競争の勝者に重税などを課すことにより実現しようとする福祉国家」という、事実に基づかない観念物を想定して議論を進めているからである。福祉国家の代表国としてよくとりあげられるスウェーデンは確かに税負担は高いが、二元的所得税をベースとした税制を採用している現在、所得税の累進性はそれほど高くないし、法人税は課税ベースは大幅に広げられたが、税率は低い。もちろんリンク先のエントリで紹介した論文によれば日本よりは累進性は高いようだが、北欧型の福祉国家は、原則的に低所得者にも高所得者にも高い税金を払ってもらい、租税と給付を組み合わせて、所得の再分配と(比較的)平等性の高い医療・福祉・教育・保育サービスの提供を実現している。

また、確かに福祉や医療の領域では競争原理は極力押さえられているが、通常の市場は普通に市場原理に基づいて営まれており、だからこそイケアやH&Mのように象徴されるようなグローバルな企業も生まれているし、労働市場流動性もそんなに低くはないようだ(ただしここらへんを勘違いしないためにはEU労働法政策雑記帳で「スウェーデン」と検索するとよいかもしれない)。政府による企業救済もほとんど行われないようだし、スウェーデン中央銀行であるリクスバンクは世界で最も古い中央銀行で、市場経済の中でのマクロ経済運営には定評がある。

またコメント欄で紹介されている以下の朝日新聞への投稿

毎年一時帰国するたび、日本で、福祉大国の理想郷としてスウェーデンが語られることを苦々しく思っています。税金が高く、「高負担」は確かですが、「高福祉」には疑問点がも多く、日本よりはるかに優れた社会という見方には賛同できません。
 例えば、就学前の「幼児教育」は存在しません。大多数の公共保育園は、預かった子どもの安全を保障するのが仕事で、資格を持たない人が数多くいます。小学校入学前に6歳児教育が1年間ありますが、イスに座る、鉛筆を持つ、アルファベットを書くというレベルです。
 「将来への安心から貯蓄が不要」というのも、誤った解釈です。国民の多くは不安を抱えています。年金は物価や税金の高さからすれば、十分な額とは言えず、銀行は「将来、年金では暮らせません。若いうちに蓄えましょう」と積立預金を呼びかけています。しかし、月5万円のパート収入ですら3分の1を税金で持っていかれ、最高税率25%の消費税。住居・光熱。7・医療費・保育料も高く、普通の家庭ではお金が残りません。国民の多くは「可処分所得が少ないから貯金できない」のが現実です。
 若者の犯罪増加、就職難、麻薬や性病の蔓延。さらにフルタイム労働で疲れ切った母親、冷凍物ばかりの夕食。これらが理想郷でしょうか。

は確かに一読に値するが、これをもって「スウェーデンの実態はボロボロだ!」というのは、そのへんのおっさんやおばちゃんによる新聞への「介護保険ができたおかげで、うちのおばあちゃんの在宅介護がだいぶラクになりました。おじいちゃんの介護施設の食事もけっこう美味しいし、素晴らしい制度だと思います」という投稿をとりあげて「日本の社会保障は素晴らしい!」というのと同様に馬鹿げている。

個々人が直面する現実が多様なのも、個々人が持つ現実認識が大きく異なるのも日本でもスウェーデンでも同じで、それらを政策論議で参考にできる程度のレベルにまで情報の信頼性を高めるためには、一定の統計的手続きや一定のフィールドワークの手続きが必要なのも、日本でもスウェーデンでも同じだ。

最後は上記の「スウェーデンの今」の以下のコメントを引用して気分よく締めたい。

スウェーデンの社会だって、解決すべき様々な問題を抱えている。「問題があるかないか」が重要なのではない。どの社会にだって常に問題はあるし、それらは実は似かよっていることも多い。問題を抱えていない社会なんて、そもそもありえない(こんな単純なことが分からない人も実はいるようだ)。重要なのは、解決策を探るべく政治家がしっかりと議論し、メディアがそれをちゃんと伝え、あらがあれば建設的なツッコミを常に入れ、政治家を切磋琢磨させ、少しでも良い選択肢を社会に提示できるように働きかけ、それを有権者が評価する。そのプロセスが重要なのだと思う。そして、そこに日本とスウェーデンの大きな違いがあるのではないだろうか。

と思ったけど、自国の政治とメディアが散々な状況というのは決して気分よくは締められないか。。。

ネタだけど、中長期的には今のマスメディアの構造を変えていかなきゃいけないのだろうが、その前に、ニュース枠(エンテターテイメント色の強い情報番組や討論番組含む)をぜんぶバラエティ枠にしたら日本はよくなるかもしれない。テレビのバラエティがくだらないことを嘆く良識人はいつの時代にもいるみたいだけど、日本のバラエティはやはり面白いし、テレビのニュース枠や情報番組枠が減るのならばいいことかもしれない。アメトーークひな壇芸人みのもんたを駆逐すれば日本の政治はよくなるかも。