介護が女性の就業に与える影響についてメモ
財政状況の悪化、少子高齢化の進展、世代間格差論・シルバー民主主義論の台頭などにより、「高齢者のニーズ」という観点からだけで介護保障の維持・拡充を主張するのは(空気感として)難しくなりつつあると感じる。しかし公的介護保障により恩恵を受けるのは高齢者だけではない。そもそも日本で公的介護保険が導入された背景には、樋口恵子を代表とする「女性」視点での運動もあった。この視点を、再度、きちんと前面に出していく必要があるだろう。
高齢社会をよくする女性の会
http://www7.ocn.ne.jp/~wabas/大熊由紀子「物語・介護保険」 第6話「ヨメ」たちの反乱(月刊・介護保険情報2004年9月号)
http://www.yuki-enishi.com/kaiho/kaiho-06.html大熊由紀子「物語・介護保険」 第20話 ヤーさんと9人のサムライたち(上)(月刊・介護保険情報2005年11月号)
http://www.yuki-enishi.com/kaiho/kaiho-20.html
公的介護保障の縮小による家庭での介護負担の増大はどのような帰結を生むか。高学歴・高所得層(の女性)は、公的介護保険を利用しつつも私費負担を拡大することによって、労働市場からの退出を防ぐことができるかもしれない。また近年、高キャリア女性への会社からの理解や支援も大きくなってきているだろうから、その点でも高所得層の女性への影響は相対的に小さいかもしれない。一方、私費負担拡大が難しい低学歴・低所得層の女性は、(現在もそうであるように)労働市場からの退出と私的ケア負担の拡充によって介護保障の縮小に対応する可能性も高い。
このように、介護ニーズが発生したときに、所得階層によって(特に女性の)労働市場参加の格差が生じると、低所得層の家計所得の減少、女性のキャリアの中断、女性からの税収・保険料収入の減少などが生じる。さらにこれらの帰結は、家庭のあり方(家事分担や教育など)、キャリア中断した女性の老後に至るまでの生活保障、公的社会保障財源に与える影響など、2次的、3次的な影響も発生する。
日本の女性、特に私費負担や会社の支援によって家族領域での育児・介護負担をカバーすることが難しい女性は、たとえフルタイムで働き続けたくとも、結婚時、妊娠・出産時、育児期、さらには親の介護期と、ライフコースにおいて何回もこのような労働市場からの退出や部分的退出を迫られるのが日本の現状である。
「世代別の受益と負担」を計量的に推計する世代会計論やその論壇・世間向けバージョンである世代間格差論は、(主に年金をターゲットにしているとはいえ)このような高齢者向けの公的社会保障の縮小が、家族というインフォーマルな領域に与える「負担」の影響や、男性・女性間および所得階層ごとの影響の非対称性・異質性など、「社会全体」に与える様々な影響やその非対称性・異質性を計量的分析に組み込めていない。(ただし、これは、理論的・技術的に難しいというのもあるが、フォーカスが一定の仮定に基づいた「世代間格差」にあるからこそ捨象しているという側面もあるだろう。)
かといって自分が異なる確立されたパラダイムを提起したり、こういうかなり複雑な要素も加味した世代会計論を構築できるわけでもないので、とりあえずネットで入手できる「介護が(女性の)就業に与える影響」に関連する、日本でのミクロ経済学・ミクロ計量分析的な実証分析について文献メモすることにする。介護保障の他、介護休業など労働市場側に焦点を当てた研究も多い。
以下、ネットで入手できる日本語論文のリンクと要約(要約がない場合には導入やまとめからの抜粋)をコピペ。ちなみに、これらの論文の計量分析の質や妥当性については検討していない。
清水谷諭・野口晴子(2003)「長時間介護はなぜ解消しないのか?−要介護者世帯への介護サービス利用調査による検証−」ESRI Discussion Paper Series No.70
http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis070/e_dis070.html
要旨
1.趣旨、問題設定
2000年に導入された公的介護保険の最も重要な目的の1つは、介護保険を通じた家族以外の介護サービスの利用を通じた「介護の社会化」によって、「介護地獄」といわれる過度な家族負担を解消することにあった。しかし、驚くべきことに、これまでのところ、介護保険の導入によって長時間介護が解消したかどうかは、全く検証されていない。
本論文は内閣府が独自に実施した要介護者世帯への介護サービス利用調査によって、長時間介護の実態、長時間介護を規定する要因について定量的な検証を行う。
2.手法
本論文では、まず、内閣府が要介護者を抱える世帯に対して独自に実施した「高齢者の介護利用状況に関するアンケート調査」(2001 年及び2002年)のミクロデータを活用して、長時間介護の実態を初めて明らかにする。
次に、長時間介護を規定する要因を明らかにする。具体的には、長時間介護が解消しない理由として、(1)制度導入からの時間的経過に着目した「未成熟仮説」、(2)施設サービスの供給不足から在宅介護をせざるをえない「施設入所待機仮説」、(3)家族介護と家族以外から提供される介護サービスの間の財の性質の違いに着目した「家族介護非代替仮説」、(4)自己負担率の上昇が需要を低下させる点に注目した「低所得者仮説」、(5)家族介護が遺産動機と結びついているとする「戦略的遺産動機仮説」の5つを取り上げて、定量的な検証を行う。
3.分析結果の主要なポイント
(1) 長時間介護の実態をみると、主として介護を担っている介護者の介護時間は若干減少したものの、要介護者の介護に必要な介護時間に占める割合はあまり低下していないことがわかった。さらに、長時間介護世帯では、要介護者の健康状態が悪く、介護者の健康も蝕まれている可能性があるなど、物理的な時間の長さだけでなく、健康面においても介護負担が深刻であることが分かった。
(2) 長時間介護が解消しない理由としては、1割の自己負担を避けるために、家族介護を行わざるを得ないこと、家族介護が外部の介護サービスと代替できないこと、さらに、長時間介護が12時間以上に及ぶと家族介護が遺産動機と結びついている可能性があることによるものであることがわかった。
4.結び
1割の自己負担が家族介護を強いているという結果に基づけば、長時間介護を強いられている世帯に対して自己負担を軽減する措置が必要であろう。さらに、家族介護が外部の介護サービスと代替できないという世帯については、それが要介護者・介護者の嗜好に基づくものであれば、今後長時間介護が解消していくという可能性は低い。しかし、今後介護保険がさらに定着し、介護サービス市場の整備がより進んでいけば、長時間介護はやがて解消していく可能性もある。最後に、家族介護が遺産動機と結びついているという世帯が、特に介護時間の長いサンプルでみられるという事実は、これが個人の合理的な選択の結果であるとすれば、政策的に働きかけることは難しい。ただ、これは日本人の遺産行動の実証分析としても興味深い事実であり、今後さらに検証を深めていく必要があろう。
大井方子・松浦克己(2003) 女性の就業形態選択に影響するものとしないもの−転職・退職理由と夫の年収・職業を中心として− 会計検査研究 №27
冒頭部より抜粋
本稿の構成について簡単に述べる。次節で転職・退職理由とその後の就業選択の概要について解説する。第3節で定式化と推計方法について紹介する。第4節で推計結果について解説し,最後に本稿のまとめが行われる。
結論を最初に述べれば次のとおりである。
① 転職・退職理由が「給与や勤務時間でより有利な職が見つかった」,「職種や仕事内容が自分により向い
ていた」という積極的な理由と「結婚退職」や「出産退職」とでは,その後の就業形態選択は全く異なる。
② 夫の年収は女性の就業形態選択に統計的に有意な影響は与えていない。
結論部より抜粋
介護休暇や看護休暇に対する評価は更に厳しい。これらの数字は,既婚女性にとり職場での時間調整が決して容易ではなく,出産・育児と女性の就業の両立の困難性,あるいは子供が病気になったり家族に要介護者がいる場合は,女性の就業が相当難しくなるであろうことを示している。
西本真弓・七練達弘(2004) 親との同居と介護が既婚女性の就業に及ぼす影響 季刊家計経済研究 No.61 pp.62-72
http://www.kakeiken.or.jp/jp/journal/jjrhe/pdf/61/061_07.pdf
結論部より抜粋
以上の分析結果より、母親との同居が妻の就業を促し、非就業及び労働時間の短い父親との同居が妻のフルタイム就業を促すことが明らかになった。同居することにより、家事や育児の援助が受けられ、妻が就業しやすい状況が整うからであると考えられる。しかし一方で、介護は女性の役割として行われている場合が多く、妻の就業を抑制していることも明らかとなった。要介護者がいる場合において、妻が就業するためには何らかの手立てが必要となるだろう。わが国では、1991年に育児・介護休業法が成立し、1999年には介護休業制度が実施された。『女子雇用管理基本調査』によると、介護休業制度の規定がある事業所は1996年では9.7%であったが、1999年には40.2%と急速に増加してきており、介護休業制度を規定している企業が多くなってきていることがわかる。こうした制度の充実により、妻の就業は促進されると考えられることから、制度の充
実や整備が望まれる。また、今後の課題として、介護休業制度の実態を考慮した上での妻の就業行動の分析が望まれる。
西本真弓(2006) 介護が就業形態の選択に与える影響 季刊家計経済研究 No. 70 pp.53-61
http://www.kakeiken.or.jp/jp/journal/jjrhe/pdf/70/070_06.pdf
結論部より抜粋
(1)介護、看病の期間が6カ月未満の場合、就業時間を減らす傾向があり、期間が短いほどその確率が高くなることが男女ともに示された。「短時間勤務制度」を導入している事業所は少なく、最長利用期間も短い。要介護者を看取るまで制度を利用できた者は少ないと推測されることから、「短時間勤務制度」導入の促進と利用期間の長期化が望まれる。
(2)介護、看病の期間が1年未満の場合、女性は休職や退職する傾向があり、特に、介護休業制度の最長限度期間を超えている可能性が高い6カ月以上1年未満の場合に、最も休職や退職の可能性が高まることが確認された。よって、最長限度期間の長期化が継続就業の促進につながると考えられる。
(3)介護、看病の程度に関しては、男女ともに中心となって介護、看病する立場でなければ、継続就業の確率が上昇する。介護、看病の負担が軽減されるような介護サービスが提供され、それらの利用を促せば、介護、看病による休職や退職を抑制することができると思われる。
(4)介護、看病の内容について、女性の場合、食事、着替え、入浴、排泄といった時間集約的で重度の介護、看病を担うことは勤務形態の継続確率を23.8%減少させる。勤務形態の継続を可能にするには、居宅サービスや施設サービスの充実を図り、日常的介護の全面的な援助が必要である。
(5)ゴールドプランについて、女性の場合は実施後に勤務形態を継続する確率が高まり、男性の場合は勤務形態を継続しない確率が高くなっている。女性においては、介護者の負担軽減というゴールドプランの目標が達成され、ゴールドプランの実施が仕事と介護の両立可能性を高めたという点に成果がみられる。我が国では、少子高齢化によって、若年労働者の減少と介護を必要とする高齢者の増加がおこり、労働者は家族の介護と仕事の両立または選択を迫られるという状況が生じている。本稿では、家族を介護しながら働きつづけられるような介護サービスとは何か、どのような制度や政策が望まれているのかを明らかにした。仕事と介護をうまく両立し、介護者が労働市場から撤退することなく継続就業することは、労働力確保の面からも望まれる。また、介護部門を家族から外部へと移行することにより、新たな労働力供給につながることも期待できるだろう
樋口美雄他(2006)介護が高齢者の就業・退職決定に及ぼす影響
http://www.rieti.go.jp/jp/publications/dp/06j036.pdf
概要
家庭内の要介護者の存在が高齢者の就業・退職決定にどのような影響を及ぼすのか、高齢者を対象としたパネル・データに基づいて分析を行った。主な分析結果は次の通りである。1)家庭内の要介護者の存在によって、家族の就業は抑制される傾向にある。しかし、2)介護負担によって就業が抑制されるパターンは、男性と女性で異なっている。具体的には、介護は男性では正規雇用や自営業の就業・退職決定に影響するのに対して、女性では非正規雇用の就業・退職決定に影響を与える。 3)2000 年に導入された介護保険制度が、介護の就業抑制効果に変化をもたらしたかどうかはっきりした結論は得られなかった。 従来、高齢者就業を阻害しうる要因として公的年金制度や定年制に関心が払われることが多かったが、今後は家族の介護負担を軽減するような施策に力点をおくことも高齢者の就業を促進させるうえでは重要である。
酒井正・佐藤一磨(2007)介護が高齢者の就業・退職決定に及ぼす影響 日本経済研究 No56
http://www.jcer.or.jp/academic_journal/jer/PDF/56-1.pdf
要約
家庭内の要介護者の存在が高齢者の就業・退職決定にどのような影響を及ぼすのか、高齢者を対象としたパネノレ・データに基づいて分析を行った。主な分析結果は次の通りである。1)家庭内の要介護者の存在によって、家族の就業は抑制される傾向にある。しかし、 2)介護負担によって就業が抑制されるパターンは、男性と女性
で異なっている。具体的には、介護は男性では正規雇用や自営業の就業・退職決定に影響するのに対して、女性では非正規雇用の就業・退職決定に影響を与える。 3)2000年に導入された介護保険制度が、介護の就業抑制効果に変化をもたらしたかどうかはっきりした結論は得られなかった。 従来、高齢者就業を阻害しうる要因として公的年金制度や定年制に関心が払われることが多かったが、今後は家族の介護負担を軽減するような施策に力点をおくことも高齢者の就業を促進させるうえでは重要である。
池田心豪(2010)介護期の退職と介護休業 連続休暇の必要性と退職の規定要因 日本労働研究雑誌 No. 597
http://web.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2010/04/pdf/088-103.pdf
要約
家族介護を担う労働者の就業継続支援として介護休業は法制化されているが, その取得者は少ない。 そこで, 介護休業制度が想定するような連続した期間の休み (連続休暇) の必要から介護期の労働者は勤務先を退職しているのか, それとも連続休暇の必要性とは別の要因で退職しているのかを分析し, 介護期の労働者の実態に即した就業継続支援の課題を検討した。介護開始時の雇用就業者を対象としたデータの分析結果から, (1)介護のために連続休暇の必要が生じた労働者ほど, 非就業になる確率が高いこと, (2)在宅介護サービスには連続休暇の必要性を低下させ, 非就業になる確率を低くする効果があること, (3)連続休暇の必要性にかかわらず, 要介護者に重度の認知症がある場合や, 同居家族の介護援助がない場合は非就業になる確率が高いこと, (4)主介護者となる可能性が高く, 仕事の負担も重いと予想される正規雇用の女性は, 連続休暇の必要性にかかわらず, 介護開始時の勤務先を退職して別の勤務先に移る確率が高いことが明らかになった。 こうした分析結果から, 介護期の就業継続が可能になるために, 在宅介護サービスを利用できないことから就業困難に直面した労働者が休業を取得できるよう, 介護休業制度を効果的に運用するとともに, 介護休業とは別の支援として, 認知症介護に対する社会的支援や, 介護期の勤務時間短縮などの支援を拡充することも重要であることが示唆される。
参考:男女共同参画局の資料:仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)に関する参考統計データ
http://www.gender.go.jp/danjo-kaigi/wlb/siryo/wlb01-5_4.pdf
介護を機に仕事を転職、退職した雇用者は約4分の1。介護休業の取得者はごくわずか (p.13)
追加:
大嶋寧子(2012)懸念される介護離職の増加 求められる「全社員対応型・両立支援」への転換
http://www3.keizaireport.com/report.php/RID/150634/