研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

:朝日メモ:『年収300万円前後の高齢者負担急増 小泉政権6年間』

年収300万円前後の高齢者負担急増 小泉政権6年間(朝日新聞
2006年10月10日10時32分

 お年寄り世帯の税や社会保障の負担は小泉政権発足以降どう変わったのか、政府が試算した内容が明らかになった。年収300万円前後の夫婦世帯で、夫が特別養護老人ホーム(特養)や長期入院の療養病床に入っている場合、07年度の負担額は01年度より年に約60万〜70万円も増える。高齢者向け控除を縮小した税制改革と、介護・医療保険の改革による「二重の負担増」が原因だ。一連の小泉改革で高齢者の暮らしが圧迫されている実態を、政府自らのデータが裏付けたかたちだ。
両年度の収入は同じとした。

 それによると、(1)は介護・医療保険の改革で低所得者の負担軽減措置がとられたため唯一負担が減った。(2)は介護・医療保険料だけなら負担増は年4万円だが、夫が特養や療養病床に入っている場合は、居住費や食費が自己負担になり一気に20万円以上増える。

 もっと深刻なのは、(2)より年収が25万円多いだけの(3)の世帯だ。01年度の所得税や住民税はゼロだったが、07年度は各種の控除の縮小、廃止で税金を負担するようになった。住民税が非課税の世帯は特養などの自己負担が軽減されるが、この対象から外れるため、特養の自己負担は49万円、療養病床は64万円の増。保険料や税の支払いも合わせると年57万〜72万円の負担増となる。

 (4)の世帯では、税控除の縮小や定率減税の廃止で、税や保険料の負担だけで年18万円増える。

 政府は05年1月、「税制で高齢者を優遇しすぎ」との理由で50万円の老年者控除を廃止し、公的年金控除を140万円から120万円に縮小。同年10月からは「自宅で療養、介護している人とのバランスをとる必要がある」として、特養など介護施設の食住費徴収を開始。06年10月には療養病床もこれに続いた。

     ◇

 〈慶応大商学部権丈善一教授(社会保障論)の話〉 介護と医療は本来「必要に応じて所得に関係なく誰もが利用できる共有地のようなサービス」であることが望ましい。それなのに今は、心身に問題が生じていざ特養や療養病床を利用するときに高額の自己負担を要求される。これでは「保険」の名に値しない。小泉政権社会保障のサービス充実に必要な財源を消費税率や保険料の引き上げで確保することを避け、逆に高齢者の自己負担増を進めてきた。その当然の帰結であり、前政権を支持した国民はそれを選択したとも言える。

医療や介護の自己負担分は、税・保険料を差し引いたいわゆる「可処分所得」に含まれる。だから、同じ可処分所得の階層に属する人でも、医療や介護サービスを毎月利用する必要がある人々(家計)の手元に残る現金と、医療や介護サービスを利用する必要がない人々(家計)の手元に残る現金では、だいぶ差がでてくる。近年の格差社会論でも、「可処分所得」を超えて、ここまで含めた議論はまだあまりされていないのではないか(格差社会論系はあんまり読んでないので要確認)。

医療・介護・福祉サービスの自己負担は、近年どんどん増加している。医療保険介護保険、障害者福祉、どれも自己負担が増加してきている。例えば、この間、NHKでもやっていたが、障害者自立支援法の一割負担によって、障害児や障害者がいる家族の家計のやりくりは一段と大変になっているようだ。自立支援法に関して厚生労働省や政府・与党は「低所得者には十分に配慮している」と述べているが、今まで見聞きしたかぎりだと、(確実なデータはないので断言はできないが)政府が掲げる「機会の平等」の観点からしても、政府が批難する「結果の平等」の観点からしても、相当に問題がありそうだ。

医療費や介護費の自己負担は、経済学的には特に、「事後的モラルハザード」の抑制の観点から正当化される。「事後的モラルハザード」とは、ただ単に自己負担率が減少すると医療サービス需要が増加してしまうことを指し、厳密な意味でのモラルハザードではないが、医療経済学ではよく使われる言い方であるらしい(井伊雅子・大日康史(2002)『医療サービス需要の経済分析』)。また、このような自己負担の減少による「過剰」需要の結果、消費者余剰を用いた単純な厚生分析において厚生損失(死重的損失)が生じる、という点では確かにこの「事後的モラルハザード」によって「資源配分の非効率」が発生しているといってもいいのかもしれない。

ただし、自己負担による事後的モラルハザードの抑制効果は、医療・介護サービス需要の価格弾力性によって大きく異なるため、経済学者はミクロデータを用いて一生懸命、医療・介護サービス需要の価格弾力性の推計を行なっている。被保険者の期待効用の最大化を目指すという単純なモデルならば、価格弾力性が高ければ、より高い自己負担率が最適である、という政策的含意がある(井伊・大日(2002)の第一章)。

こういう分析は大切である。しかし、上記の記事の権丈先生のような問題意識からも、より厳密に自己負担や国民負担の水準について考える必要があるだろう。あたりまえか。なんかいい参考文献ないかなぁ。きちんと探せばきっとあるはず。。。

医療サービス需要の経済分析

医療サービス需要の経済分析

関連文献:

『在宅介護と施設介護の費用便益分析?』

http://d.hatena.ne.jp/dojin/20060118#p1

『大日康史氏の研究に関する補足』

http://d.hatena.ne.jp/dojin/20060118#p2

『健康経済学とQOL
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20060410