研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

ベーシックインカムと負の所得税の関係

日本経済の現状とベーシック・インカムという考え方
http://www.videonews.com/on-demand/0471480/001428.php

マクロ経済運営についての飯田氏の考え方についてはしっかり勉強したい。ここではベーシックインカムパートについていくつかメモ。

ウェブサイトより

ベーシック・インカムは貧困対策として社民主義的な立場から主張されることも多い。しかし、元々この考え方は、ミルトン・フリードマンに代表される新自由主義者が提唱した制度だという。それは、政府がお仕着せで施す社会保障よりも、現金を配りそれを個人の選択で自由に使わせる施策の方が好ましいという自由主義的発想に根ざしているからだ。

テキスト版より

しかし、ベーシック・インカムの発想は、実はより自由主義的な発想から出てきたものなんです。もっともベーシック・インカムに近い発想をしていたのはミルトン・フリードマン新自由主義経済学の中心人物です。

この単純化は、読者(視聴者)を楽しませるための方便だと思うのでマジレスする必要はないとおもうが、ベーシックインカム(BI)のルーツやBIと負の所得税の関係って本当はどんな感じだったけと思い、手元にあるトニー・フィッツパトリック『自由と保障 ベーシック・インカム論争』を何年かぶりに開いてみると同時に、積読のまま一応こっちに持ってきたヴァン・パリース『ベーシック・インカムの哲学 すべての人にリアルな自由を』を開いてみる。山森氏の新書にも該当する記述はあったと思うが、一回ざっと読んで日本に置いてきたので引用できない。山森氏のは、さらに草の根BI運動史みたいなものを取り上げているところが興味深かったように記憶している。

息抜きがてら、いくつか抜粋。出典とかはしょってます。

まずは『自由と保障』より。

ベーシックインカム小史

1770年代から第1次世界大戦まで
BIと類似したものが、記録の上で最も早い時期に言及されたものとして、トマス・ペインの研究をあげることができる。(中略)ペインによれば、世界は人類の共有財産であり、したがって私有財産制はこの共同財船を収奪してしまうことを意味している。ペインは私有財産制の打倒は主張しなかったが、この収奪に対する補償として、有産者は無産者に対して援助する義務を負うと主張した。
(中略)
1795年から1834年のいわゆるスピーナナムランド制はBIの先駆といわれることが多い。
(中略)

戦間期
この時期については、ウォルター・ヴァン・トリアーが非常に詳しく分析している。
 1918念から1920念の間に、デニス・ミルナーは国家特別手当構想(State Bonus Scheme)と呼ばれる提案を刊行した。基本的に、この構想は、各個人が生活するのに十分な手当を中央基金から受けとることを提唱している。このアイデアは国家特別手当連盟の形成を促し、1921年労働党大会ではこの提案が議論された。しかしミルナーの計画はイギリスの社会政策史から消えていった。もっとも、G.D.H.コールには一定の影響を与え、おそらくコールを通じてベヴァリッジにも影響を与えたものと思われる。
 C.H.ダグラスが1920年代と1030年代に唱えた社会クレジットの提案はさらによく知られている。(中略)ケインズは『雇用・利子および貨幣の一般理論』の中でダグラスについて簡潔ながら賞賛している。しかし、ミルナーと同様に、ダグラスもしだいに忘れられていった。(中略)
 ジェームズ・ミードは生涯にわたってBIに関心を示したが、これも1930年代までさかのぼることができる。(中略)彼は50年以上にわたってBIDの導入を提唱してきたが、それは自らが創設を支援してきたケインズーヴェバリッジ主義福祉国家を(BIによって)代替しようとしたためではない。重要であるにもかかわらずそこから失われつつある要素を補完しようとしたためである。(*注:ミードは、1944年に刊行された挙国一致内閣の『雇用政策白書』の第1稿を執筆した。ベヴァリッジシステムへの彼の批判は、それが保険原理に執着していることに関するものであった。長い目でみると保険料は基金の財源として維持できない、とケインズを説得したらしい:)

ケインズ・べヴァリッジ時代
1943年、ジュリエット・リズ・ウィリアムズはベヴァリッジ報告に変わるものとして「新しい社会契約」を提唱した。彼女によればベヴァリッジ報告は女性や子どもにとっては十分な貧困からの防壁とはいえなかった。彼女が提唱した週払いの給付は、ワークテストを伴う条件付のものであった。しかし、税と給付の統合を支持していた点において、彼女はBIの歴史の中で重要な役割を果たしたといえる。彼女の影響は(中略)だけでなく、ミルトン・フリードマンにも及んだ。フリードマンは、戦争中に彼女の提案を知るようになり、後の彼女の影響を一部受けながら、負の所得税(NIT)に関する提案をまとめた。

現在
1980年代までに、ケインズベヴァリッジ主義福祉国家は政治的な脅威に見舞われた。(中略)このためケインズベヴァリッジモデルの衰退は、これと根本的に区別するような代替物がないままに、社会政策に関してはイデオロギー的な真空を生んだ。福祉集合主義と福祉多元主義が、どちらも決定的なパンチをきかすことができないまま、互いに旋回を続けている。
(後略)

日本語訳pp.47-51(強調は私によるもの)

ベーシックインカム負の所得税はどこが違うのか

NIT(負の所得税)についての賛成論と反対論を吟味する前に、はっきりさせておかなければならないことが1つある。それはBIとNITは同じではないということであり、この点は、ジェームズ・ミードが最初に指摘した。この論争を初めて知った者は、これら2つは混同されることがあるし、じっさい混同されてきたということを知って驚くだろう。とはいえ、BIとNITには重要な違いが3つある。

第1に、支払い方法に違いがある。NITはいわゆる事後の給付形態をとっている。言い換えると、負の所得税による受給額は、勤労所得と課税最低限との差額を求め、所得が増えるにつれて負の所得税が減るような形で計算して決まる。これに対して、BIは、他の収入とは無関係に、各人に自動的に支払われるという意味で、事前の給付形態を取っている。(中略)

第2に、NTIは資力調査を伴うシステムであるため、低賃金労働者にはニンジンを与えるのではなくて鞭をふるうことになる。これに対して、無条件に給付されるBIは、低い賃金にペナルティを課すのではなくて、高い賃金に報酬を与えることを強調する。(中略)

最後に、給付を査定する単位に違いがある。NITは裕福な家庭のなかの、低い賃金しか払われないメンバーに対して負の所得税が支払われる可能性を回避するために、個人というよりも困窮世帯に的を絞っている。(中略)

日本語訳pp.110-112

第5章『急進右派 普遍主義的資力調査』パートの結論部

(前略)
1970年代末から、給付対象の絞り込みがイギリスとアメリカの両方でより広く行われるようになった。そしてNITは右派の検討課題から脱落したが、このことはNITの基本的な思想が検討課題に影響を与えなくなったことを意味するのではない。すでに記したとおり、勤労所得税控除(EITC)と勤労世帯税額控除(WFTC)はNITの縮小版と考えうる。(中略)すでに記したように、労働党政権は1999年にWFTCを導入することを計画している。これはヒース政権が1970年代はじめに賛成したタックスクレジットの最新版としての役割を果たすだろう。これに対しては、1970年代半ばにアトキンソンがタックスクレジットを「統合された」NIT計画であると言及している。

急進右派に関する限り、NITは依然として将来計画と目標に関係している。フリードマンらがかつて想像したほど、NITは万能薬ではなかった。またNITは右派の何人かが好んだような義務志向のものではなかった(中略)

要するに、NITをその時代が過ぎ去ったものだとして退けるにはまだ機が熟していないということである。NITの最も慈悲深い側面は、政治的に中道左派に属する者を、福祉国家を現代的にする役割を果たすものとして、納得されるかもしれない。福祉の供給が賃金の代わりをすべきではなく、賃金を上げるべきという考え方は、西洋の精神の中に完全に根付いている。NITの影響は重大であるし、その影響力が持続しているのは明らかである。

日本語訳P115-116

最後に、『ベーシック・インカムの哲学』より

付録:ベーシックインカム vs. 負の所得税

典型的なベーシックインカム負の所得税構想の関係は、図2.1および2.2、2.3の比較から読み取ることができる。両者が、最も一般的な「補填(make-up)タイプの最低保障所得(図2.1)と異なるのは、税ー移転給付ー後の所得(縦軸)を、税-移転給付-前の給付(横軸)の線形的な増加関数とする点である。しかし、保障水準を所与とし、税制は比例的であると仮定するならば、負の所得税(図2.2)がベーシックインカム(図2.3)とまったく同じ結果状態を(2.2節において強調された重要な諸制約条件の下で)達成するのは、全ての人々に同額の粗給付を与えてそれ以外のあらゆる所得に課税する場合ではなく、一部の人々だけに純給付を与え、他の人々に純課税をなす場合のみである。

日本語訳91-92

写経に疲れたのでコメントはなしで。息抜きのつもりが、写しすぎた。

自由と保障―ベーシック・インカム論争

自由と保障―ベーシック・インカム論争

ベーシック・インカムの哲学―すべての人にリアルな自由を

ベーシック・インカムの哲学―すべての人にリアルな自由を

あとこれはいずれちゃんと読んでみたい。

Public Economics in Action: The Basic Income/Flat Tax Proposal (Lindahl Lectures on Monetary and Fiscal Policy)

Public Economics in Action: The Basic Income/Flat Tax Proposal (Lindahl Lectures on Monetary and Fiscal Policy)

ちなみにこの本はウプサラ大でのリンダール講義がベースになっている。過去のリンダール講義の面々はとても豪華。
http://www.nek.uu.se/Forskning/LindahlLectures.htm

追記:下のコメント欄に関連して、ネットで日本語で読めるものをグーグルスカラーで検索。宮本氏のは昔読んだ気もするが、いずれまた目を通そう。両方とも、ベーシックインカム負の所得税アクティベーションワークフェアなどの概念整理に役立ちそう。(追記2:田村論文のマトリックスを追加した)

宮本太郎(2005)ワークフェア改革とその対案 新しい連携へ?
http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/17390304.pdf

田村哲樹(2007)シティズンシップと福祉改革
http://ir.nul.nagoya-u.ac.jp/dspace/bitstream/2237/8952/1/333-368.pdf


田村哲樹(2007)より

あと経済学者の吉原先生のサイトにも(理論系の)関連文献あると思うが、なぜかアクセスできず。。
(追記4:できた)

ワークフェア(Workfare)とベーシックインカム(Basic Income)(吉原直毅)
http://www.ier.hit-u.ac.jp/~yosihara/rousou/ronsou-13.htm

また宮本先生の論文でも言及されているような失業保険等の現金給付と就労インセンティブの関係については、労働経済学で実証研究の蓄積があり、ベーシックインカムと就労について考えるときにはこれらの先行研究は非常に有益だと思う。私は断片的にしか知らないが、労働経済学者がどこかで日本語でもレビューしているだろう。

追記3:コメント欄にて kyunkyunさんに紹介してもらった、6年ほど前の宮本氏の講演記録。その後、やや考え方が変わったのかもしれないが、フォローしていないので私にはわらかない。

北海道民医連新聞 - 2004年10月5日
http://www.dominiren.gr.jp/pdf/208.pdf